1.
バルトル視点のサイドストーリーです。
「……家が燃えている……」
男爵位をもらったばかりのこの男、バルトル・ガーディアは炎上する我が家をどこか他人事のように眺めていた。
◆
さて、住む家を無くした。
不審火ということで警官隊の調べが入ることになったが、まあ犯人は見つからないだろう。それを必死に追う気持ちはバルトルにはなかった。あるのは、寝に帰る場所がなくなったなあという一点のみだった。
貴族籍を手に入れた平民の魔道具士、バルトル。
国王陛下直々から爵位を賜ったその帰りに家が燃えた。
バルトルが今日王宮に招かれていたのは爵位の授与のためだけではなかった。バルトルは魔道具のエネルギー効率の改良化開発を行っていて、それが国王陛下に評価されたのだ。その功績を讃えられた。
今までは魔力の糸の品質によって魔道具の動作性や消費エネルギーが左右されていた。品質の良い物を使うと出力も上がるが、その分だけ過剰にエネルギーも消費し、あっという間に魔力の糸は消費されていってしまう傾向があった。それを、魔力の糸の品質に関わらず決められた一定の出力、エネルギー消費を保って使えるように改良したのだ。これにより、高品質の魔力の糸を使った場合には保ちが良くなった。
ただこれは『魔力の糸の価値を下げる』とも見なされた。質の良い魔力の糸を作り出せる貴族の一族はそれで富を得ているのだから、魔力の糸の消費量が減ればその分だけ儲けが減ることを恐れているようだった。
しかし、品質が悪い魔力の糸を使った場合にも一定の出力を保つ、ということは品質が悪いものの場合は反対に、多くの魔力の糸を必要とすることとなる。
そういう意味では貴族たちが恐れているような、品質の高い魔力の糸の価値の低下の心配はそれほどないのだが、多くの貴族はバルトルが発明した改良点である『品質に関わらず一定の出力とエネルギー消費を保つ』という言葉のインパクトに惑わされているらしい。
(……だから、まだ『魔力の糸の質に関わらず』っていうところには全然至ってないんだよなあ)
バルトルはブロンドヘアーをガシガシと掻く。現状でいえば、バルトルが開発した効率化を進めた魔道具と、従来の魔力の糸の質によって動作性が左右される魔道具とケースバイケースで使っていくのが望ましいだろう。
画期的な発明というにはまだ全然納得はいっていないが、国王陛下が褒めてくれるというのなら褒められにいかなければいけなかったので、バルトルは国王陛下に褒められてきた。これからさらに改良開発を進める上ではまず評価をされなければ話にならない。だから、ありがたいことにはありがたかった。
そして、帰ってきたら家が燃えていたわけで。
(とんだ大歓迎だなあ)
どうせ寝に帰るくらいだけの我が家だった。燃えたものはあまり愛着のないものばかりでよかった。大事にしていた魔道具の本は懐に携えていたから助かった。これが燃えたらさすがに落ち込んでいた。
これはバルトルが魔道具というものに興味を持って初めて読んだ本だ。だから、今日という節目にお守りがわりに持ち歩いていたのだった。まだまだ中途半端な成果だが、それでも立派な第一歩である。バルトルが魔道具士となる知識を与えてくれたこの薄汚れたボロボロの本に見せてやりたかった。そんな情緒が幸いした。
「はあ、家が燃えた。また、それはそれは」
「うん。だからすぐに住める家を探してるんだ。いいのあるかい?」
路上生活には慣れているが、爵位をもらったばかりでそんなことをしているところを見られたら貴族たちに囃し立てられそうだ。バルトルは早々に気持ちを切り替え、次の住まいを探すことにした。
立ち寄った王都の不動産業の男は丸メガネをくいくいとしながらしげしげとバルトルを検分しているようだった。
濃い色の金髪、パリッと張りのあるしっかりとした造りの服装。わざわざ言わなくとも、バルトルが『貴族』であることはわかるだろう。――なんで貴族なんて身分の男の家が燃やされるんだ、というところに男は引っ掛かっているようだった。しかしそれは事実として燃えたのだからしょうがない。
バルトルが急かすと、男はあせあせといくつかの物件のリストを出し始めた。
「広い家がいいな。庭付きの。お金はあるよ」
面倒臭くて金銭の類はほとんど銀行に預けっきりなのが功を奏した。魔道具士として堂々と働くようになってからひたすらお金は貯まっていくばかりだった。この金髪と電気の魔力を隠して違法に無資格でいろいろとやっていた時もまあ、違法なりに稼いでいたが。
「……ああ、ココがいいな。広くて庭つき」
「あっ、ああ、そこはある子爵が持っていた邸ですな。……まあ、その、没落して手放された、ってことで縁起悪がられていて、かといって安値もつけられず、なかなか買い手がつかなくて……えー、まあ、その……」
「いくらで買える? 今日、今から住めるかな?」
「えっ、あ、いいんですか?」
ゴニョゴニョと言い淀む丸メガネの男はバルトルをきょとんとみつめ、それから慌てて契約書を用意してくれた。バルトルはそれにさっさとサインを済ませる。
縁起担ぎは貴族や成金の商人はよくやることだが、バルトルはあまりそういったことには頓着していなかった。
店の使い走りが買い上げた邸まで案内してくれて、バルトルは早速今日からここに住むことにした。
敷地も広いし、邸は大きすぎず住みやすそうだ。
(庭に工房を作って……あと、邸には使用人を何人か雇おう)
売られた屋敷の中には家財道具もそのままになっていた。バルトルは埃っぽいソファに寝転がりながら、今後の動きの算段をつける。魔道具の開発のための工房は知り合いに腕利きの職人がいるから彼に依頼する、使用人は信頼できる貴族に相談して紹介してもらうか。できれば、早めに住み込みの使用人に来てほしい。
(うん、常に家の中に誰か人がいるようにしておけば放火はされないだろう。さすがに)
家の中に誰かがいるとわかってて火を放つのはさすがに非人道的すぎる。バルトルは放火犯の人情に期待した。そうそう二回目はないだろうが、念のためだ。
バルトルの家を燃やした犯人はきっと見つからないだろうが、恐らくバルトルをよく思わない貴族の誰かだろう、という予想を立てていた。単にバルトルが『魔力を持っている』という理由だけで爵位を与えられたのであればそこまではしなかったろうが、バルトルが権力を得て、ますます旧来の貴族に不利益な発明を進めていくのではないかと恐れていて、その牽制なのだろう。
彼らの中にだっていい人間がいることは知っているが――貴族というのはつくづく面倒くさいなあ、とバルトルはため息をついた。
(……マナー講師も雇うかな。バカにされたくないし)
バルトルはそれなりに負けず嫌いだった。つまらないことで揚げ足を取られたくない。
爵位を賜ったその日のうちに貴族の屋敷を買い上げて住み始めたバルトルを『調子に乗った成金、成り上がり貴族』と呼ぶ噂が出回ったそうだが、バルトルは気にしていなかった。
完結からしばらく間が空いてしまいましたが、番外編更新していきます。バルトル視点の前日譚的なエピソードです。






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