13.ロレッタと自動昇降機②
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庫内は照明も消え、薄暗い。
子供は泣きつかれ、母の腕の中で眠っていた。
「……どうすんだよ、一体何時間経った?」
「何時間……はまだ経っていないかと……」
「うるせえな! こんなとこ閉じ込められてたらンなのわかっかよ!」
苛立った様子の男が壁をダンっ! と力強く叩く。わたしと、それから眠る子を抱いている母親がビクリと肩を震わせた。
(わたしが不用意に気持ちを逆撫でることを言ってしまったから……申し訳ないわ……)
子どもの顔をそっと覗くと、まだ寝息を立てているようでホッとする。
大人ですら、強いストレスを感じるこの状況だ。小さな身では、なおさらだろう。できることなら、事態が解決するまで眠っていてくれるとよいのだが。
「……緊急ボタン、動いてねぇんだな」
「でも、この自動昇降機を待っている人たちがわたしたちの他にもいました。だからきっと、自動昇降機が止まってしまったことを察してくださる方はいるはずです。もうしばらく待っていれば助けが……」
「それで何時間待ったんだよッ!」
(……荒れているのはこの人だけじゃない。みんな、苛立っているし、憔悴しきっている……)
待っていれば必ず助けは来る。……とは思っても、待つにも限界はある。狭い庫内の中で膨れ上がる不安はもはや破裂寸前であるようだった。
わたしは扉の横にある操作パネルの下にある鉄の蓋を見やった。
(バルトル様が仰っていたわ。この手のものは、ここの蓋を開けば基板部が見えると)
偶然、僥倖とでもいうべきか。
わたしは小さなドライバーを一本持っていた。バルトル様からお借りしたものだ。
『僕はしばらく留守にしてしまうから、何か君に持っていてほしい』
御守り代わりのものだよ、と笑っていたが、まさか本当に役に立とうとは。
「……!? おい、何しようとしてるんだっ!」
「だ、大丈夫です。蓋を開けるくらいなら、壊れたりはしませんので……」
先ほどから大声を出している男に怒鳴りつけられるが、ドライバーを回す手は止めずなんとか蓋を外しきり、わたしは中を確認した。
(……ええと、コレは……)
実のところ、わたしに高度な魔道具の仕組みなんてわからない。蓋を開いたところで、たくさんのコードとたくさん突起のついている板を眺めても、これらがどんな働きをしているのかは、わからない。
けれど、わたしでも……いいえ、きっと誰でも一目見ればわかるはず。自動昇降機を稼働させるための『魔力の糸』を格納している部分を探す。コードが大量にうねる中、目線を下に下ろす。あった。ガコ、と内蓋を外して中を見る。
「おっ、おい、そんなバコバコ開けて平気なのかよ……ッ」
「……はい。自動昇降機が停まってしまった理由がわかりました」
開いた燃料庫の中はからっぽになっていた。
「要は……搭載していた魔力の糸が無くなってしまった、つまりは燃料切れで機能を停止させたようです」
「はあっ!? 燃料切れぇ!?」
「なので……先ほどの緊急連絡の機能も働いていなかった、ということかと……」
自動昇降機が停まってしまう原因には、いくつかあるらしいというのはバルトル様から得た知識だった。例えば地震が起きた時、この場合は揺れがおさまってしばらくすれば自動で復旧するよう。もう一つは一部の部品の故障によるもの、この場合は故障した部位にもよるけれど燃料はあるので緊急連絡のボタンは作動するはずらしい。そして、これがおそらく今回のケース。純粋な燃料切れによる機能の停止。
「……ってことは、魔力の糸さえあれば……コイツは動くんだよな!?」
「そ、そういうことになります」
食ってかかるように大声をあげる中年の男に怯みつつ、わたしは頷いた。
バッと狭い自動昇降機の中にいるみなさんの視線が鮮やかな青色の髪をした男に集まる。
青色は水の魔力。茶や黒の髪の彼らの中で一人目立った色をした髪の男。
「あ……あんた、貴族だろ! ま、魔力でなんとかしてくれよ!」
一気に詰め寄られ、青色の髪をした仕立ての良いスーツを着た男は冷や汗をかいていた。
「わ、私は電気の魔力持ちじゃない! 電気なら動かせたかもしれないが……」
「『魔力の糸』は!? アレなら属性に関係なく魔道具を動かせるんだろ」
「繰糸機も無いのに、魔力の糸なんて作れるか!」
あ、と思う。バルトル様が、今の貴族たちのほとんどはもうずっと繰糸機に頼りきりで手紡ぎなどしないのだと。自分が母から教えられていたからいまいち実感が湧いていなかったのだけれど、本当にそうなのねと思ってしまう。
……と、そんな場合ではない。前もってちゃんと言っておけばよかった。
わたしが本来魔力なしの証、平民と同じ黒髪であるせいで、みんなの期待が彼の方に向かってしまった。配慮が至らず申し訳ない。
……わたしが魔力の糸を作ります、と。
(……わたし、わたしでも、魔力の糸……だけなら……)
わたしは手を動かした。クルクルと指先を回す。シュルリと細い糸が煌めいた。






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