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6.ウナグロッサ王国でのリラジェンマ~茶番~

 

 転機になったのはやはり母である女王の死からであろう。

 リラジェンマは母の突然の事故死に悲しむ間もなく次の女王になるべく準備をしている最中、実父のことばに不安を覚えた。


「リラジェンマはまだ幼い。彼女が成人するまで私が国王代理となろう」


 その時リラジェンマは11歳。成人として認められるのは16歳。確かに即位するには幼過ぎた。王配であった父が繋ぎとして国王代理を名乗るのも当然だと思った。

 だが、葬儀を済ませた父が国王代理となったわずか一ヵ月後、とある母娘を王宮に招いたのには愕然とした。

 父が()()にした女性とその娘。レベッカ・アマディと名乗った女性はその娘とともにみごとな金髪と美貌の持ち主であった。


 父はリラジェンマと一つしか違わない10歳の少女を、リラジェンマの異母妹だと紹介した。ベリンダと名乗った少女はその母に面差しがよく似通った美少女で、ただし目の色だけが唯一の違いだった。空色の瞳はリラジェンマの父と同じ色。


 その当時、リラジェンマは11歳の少女であったが、父が不貞を働いていたことは即座に理解した。

 そしてその時から父親似の自分の顔が大嫌いになった。


 父はその金髪女性を王妃に就けたかったようだが、元老院議会で却下され愛妾という身分になった。


(お母さまの喪も明けない内に愛人を連れてきて王妃にしようだなんて、いっそ感心するわ。(ツラ)の皮が厚いとしか言いようがない……)


 愛妾として認められたアマディ夫人は常に控えめで大人しく、異母妹のベリンダも初めはただの美少女としか認識していなかった。

 だがある日、ベリンダの背後に視えたモノに遠い記憶が呼び起こされた。



 ◇



 この国、ウナグロッサ王家の直系は特殊能力を持つ。

 それはこの大陸がはるか昔、千年前にひとつの帝国によって繁栄していた時代から引き継いだ能力だという。

 リラジェンマは幼い頃その能力が開花し、その力に怯え、泣きながら母である女王陛下に訴えたことがある。


『こわいの、おかあさま。周りの人が、ときどきちがう姿に視えます』


 リラジェンマの母は悲しそうな顔をしたが、そっと娘に言い聞かせた。自分と同じ色の娘の髪を撫でながら。


『それは貴女がわたくしの娘の証。我がウナグロッサの正統な後継者の証。真実を見抜く瞳よ』


 リラジェンマは母から教えられた。

 彼女に視えるその異形の姿は悪意を持つ人間の心の内の姿だと。他のだれにも見えないそれを見極める能力が遺伝によってもたらされること。

 この能力を誰にも話してはいけないということ。

 たとえそれが夫になる男であろうと、秘匿すること。

 実際、母もこの能力を父に明かしていないということ。

 王位を継ぐ人間にのみ現れる能力であり、真実は親から子へ、子から孫へと細々と語り継がれていったこと。



 ◇



 異母妹ベリンダの背後に視えたのは『餓鬼』。

 飢えて痩せっぽっちな手足に腹だけぽっこりと膨れた異形。ぎょろぎょろとした目が素早く標的を捕えると、それを自分の物にしなければ気が済まず、手に入れるためならどんなこともするバケモノ。捕えた獲物は大きな口でバリバリと頭から喰らい、また次の獲物を求めそのぎょろぎょろとした目をあちこちに向けるのだ。


 けれど、ベリンダはそんな『餓鬼』の影を(まと)いながら表向きは柔らかそうな金髪に空色の瞳を持つ美少女だ。

 このギャップがリラジェンマには恐ろしくて堪らなかった。



 第二王女として認められたベリンダは、その可憐な美貌で少しずつ周りに味方を増やしていった。

 用もないのにリラジェンマの住まう王女宮へ突撃して来ては、異母姉に話しかけようとした。

 そしてよくこう言った。『お姉さまはズルい』と。

 生まれたときから王宮で暮らしていてズルい。

 多くの使用人に(かしず)かれてズルい。

 キレイなドレスばかり着ていてズルい。

 ステキなアクセサリーを持っていてズルい。


 可憐な美少女がしくしくと泣きながら訴えるのだ。

 古参の使用人は眉をひそめつつ『一の姫さまは世継ぎの姫さまですから当然です』とベリンダの訴えを退けた。

 だが国王代理である父へ直接した訴えは成功し、リラジェンマは彼女の持ち物をベリンダへ譲るように父から命令された。

 曰く『お前はたくさん持っているのだから、妹に譲りなさい』


(なぜ、わたくしがわたくしの持ち物を譲らなければならないのかしら)


 新しい物を揃えてあげればいいのに。


 本人や愛妾にそう提案したのだが、贅沢は出来ないとか憧れのお姉さまが持っているのと同じものが欲しいからとか、不思議な理由をつけて断られた。


 王女宮の警備を強化し彼女と会う機会を極力少なくすれば、それほど被害はなかった。

 そもそも物欲の少ないリラジェンマは物に執着しなかったので異母妹(ベリンダ)強請(ねだ)られたらその場でそれを下げ渡した。

 異母妹に目をつけられただけで穢れた物になったようで、むしろ下げ渡すのはちょうど良かった。

 彼女はなによりも『餓鬼』と関わりたくなかったのだ。


 ベリンダは異母姉から与えられた物を二、三日は皆に見せびらかしたがすぐに飽きて捨てていた。たとえそれが国宝クラスの宝石であろうとも。


 リラジェンマが16歳で成人と認められた時、女王就任するかと思えば、いつの間にか議会の半数を味方につけた父に反対された。

 曰く、18歳で婚姻すると同時の戴冠の方がいいだろう。前女王も戴冠したのは婚姻後でリラジェンマが生まれた後だった、と。

 もともと婚約者であるフィガロ・ヴィスカルディとは18歳になったら結婚する予定であった。父の提案に強固に反対する理由もなく、そのままズルズルと過ごした。

 その頃、王太女という身分ではあったが、母である女王が担っていた公務はほぼすべてリラジェンマが代行していた。


 彼女が忙しく公務をこなす一方、少しずつ周りの忠臣たちが姿を消していった。

 祖父母の時代から仕えていた者や有能な者たちが、いつの間にかいなくなる。人員は足りなくなり、リラジェンマの多忙は極めた。

 そのせいで、うっかり自分の挙式の準備を失念していた。

 気がついた時、もう19歳になっていた。


 ふと思い立ち母の遺品の目録に目を通し、彼女が愛していた髪飾りを持って来させようと指示を出せば、それが無いという事実が発覚した。

 先代女王であった母の遺品は国家の財産として、次の女王であるリラジェンマが引き継ぐ日まで保管されているはずだった。いつの間にか国王代理の指示の元、あの愛妾の持ち物にされていたのだ。

 公務に追われ、宮殿内部でひっそりと行われた窃盗に気がつかなかった。


 腹は立ったが、リラジェンマはため息を溢すだけで一旦保留とした。

 人と争うには気力が必要だ。そして関わりたくない相手は極力避けたかった。

 何よりも問題なのは、窃盗の事実が彼女の耳に入らなかったことだ。宮廷仕えの人間の半数が国王代理の言いなりになっている。自分が王位を継いだとき、一悶着あるだろうなと覚悟した。

 今回のことも問題提起するならば、リラジェンマが王位を継いだ後にまとめて行うと決めた。血を分けた実の父親と全面対決になるだろう。気力はそのときまで温存しようと思った。


 そんなある日、婚約者の生家であるヴィスカルディ侯爵家のお茶会に招待された。

 婚約者に会うのも何か月ぶりであろうか。忙しさにかまけて婚約者を放置していたことに反省しつつ訪れたそこで、リラジェンマは茶番に付き合わされた。



「ごめんなさい、リラジェンマお義姉(ねえ)さま! ぜんぶ……全部わたしが悪いのっ! フィガロを責めないで!」


 してやられた、と思った。


 ヴィスカルディ侯爵家が広い庭園を開放し大々的に開いた茶会には多数の招待客で溢れ返っていた。その衆人環視の場での一コマ。

 リラジェンマの異母妹、第二王女ベリンダが可憐な顔を涙で曇らせて泣きじゃくる。

 その彼女の肩を抱き、庇うように立つ青年はこの侯爵家の次男坊フィガロ・ヴィスカルディ。


 リラジェンマの記憶違いでないなら、この男は彼女の幼馴染みにして幼い頃に決められた婚約者のはずだ。それがどうして異母妹の肩を抱いているのか。泣かないでとその頬を撫でているのか。


「許して、なんてとても言えないけど……わたしたちふたりの仲を認めて欲しいの……お願い、お義姉(ねえ)さまっ」


(あらまぁ。図々しいこと)


 はらはらと涙を溢す第二王女のさまは、繊細で可憐で男の庇護欲をそそるであろう。

 そもそもこの場にベリンダが招かれていたとは思いもしなかった。

 いや、それは正しくない。異母妹はヴィスカルディ家に滞在していた、という認識の方が正しいのだろう。さきほど()()()()()()()がエスコートしてこの場に登場したし。

 リラジェンマがこの邸に到着したときの出迎えには、多忙で手がすかないからと居合わせなかった婚約者が。


 ここは王宮ではない。ヴィスカルディ侯爵家の邸宅だ。当然ながら王族に対する始祖霊の()()()()()

 それを意識してこの騒ぎを起こしたとしたら、ベリンダはなかなかの策略家だと言わざるを得ない。

 むしろ、この場は彼女に対していい風が吹いている。


(あの子の思惑(おもわく)にすべてが塗りつぶされるような空気だわ)


 『餓鬼』が獲物に狙いを定め、頭から喰らうために悪意の罠を張っている。それが()()()()()()()()視えても、他者には判らない。


「リラジェンマ殿下……本当に、申し訳ない。俺は貴女を裏切ってしまったんだ」


(そうね。そのとおりだわ)


 フィガロ・ヴィスカルディが秀麗な顔を歪めながら訴えるが、リラジェンマの心に響くものはなにもない。


「フィガロは悪くないのっ! 悪いのはぜんぶわたし、ベリンダなの! わたしがフィガロを愛してしまったばかりに……っ」


(本当に愛しているのかはなはだ疑問ではあるけれど、悪いのがぜんぶあなた(ベリンダ)という意見には全面的に賛同するわ)


 ベリンダお得意の『おねえさまの○○が欲しいの』が出たなとしか思えないのだ。


「あぁ、ベリンダ! 君を愛しているっ! 俺は真実の愛に目覚めてしまったんだ!」


(うん。もうご自由に)


 茶番に巻き込まれている自覚があるせいで白けた気分しかない。

 いったいこれはどこのお芝居の演目だろうか。

 泣きじゃくる可憐な異母妹。

 傍らで彼女を抱き締め慰める男は、つい先ほどまでは第一王女の婚約者であり、未来の王配になるはずだった。同じ年で幼馴染みで気心が知れた相手だった。熱烈な愛情があったわけではないが、信頼と友情は感じていたのだが。


 それなのに、自分の生家ヴィスカルディ侯爵家で大々的に開かれているお茶会で、自分の不貞を発表するなんて、脳梗塞になったに違いないとリラジェンマは思う。


(いったいいつの間にと思うけど、一切の公務をしないベリンダに男を誑かす時間は無限にあるわね)


 本人たちが申告しているとおり、悪いのは彼ら。非難されるなら間違いなく彼ら。

 だというのに、この場の空気が最悪だった。

 泣きじゃくる可憐な第二王女殿下と、それを支えようとする騎士の図。


 まるで物語の一節のような。


 そして周りの空気はこのバカげた茶番を引き起こした愚か者たちの味方であった。

『この憐れな恋人たちを救ってあげたい』

『悲恋を成就させてあげたい』

『どうかリラジェンマ王女殿下、彼らを許してあげて』

『どうか、許してさしあげて』

『どうか』


 どこか酔っ払ったような醜悪で淀んだ空気に気圧(けお)される。


 こんな性悪な異母妹の手練手管に引っかかるような迂闊(うかつ)な男はお断りだ。婚約破棄、おおいに結構!

 とはいえ、このベリンダの可憐な様子に魂を染めあげられても抵抗はできなかっただろう、とは思う。若干同情もする。

 なぜならウナグロッサ国の正式な王太女で特殊能力のあるリラジェンマと違い、そのほかの一般の人にはベリンダの本質、あの薄気味悪くほくそ笑んでいる『餓鬼』の姿など視えはしないのだから。見た目は愛らしい美少女なのだから。


(あぁ、まったく! 揃いも揃って狂っているわ。正しい判断ができないなんて!!)


 せめて守護の陣が敷かれた王宮なら、このような狂った空気にはならなかったであろう。だれかひとりでもまっとうな判断を下し王太女殿下に対する不敬だと言い出しそうなものだ。

 婚約者の生家ということで、王太女親衛隊は侯爵家の門前で待機させている。そのことに悔やむ日がくるとは思わなかった。


 この場にいる招待客たちも、婚約者殿も。

 ベリンダの醸し出す可憐で守ってあげたくなる雰囲気に押され、まともな判断ができなくなっている。


 うんざりする気持ちを無表情な顔の下に隠し、リラジェンマ第一王女は大きくため息を吐いた。

 彼らの要求は不貞を暴露したうえでの都合のいい望みであり、王太女殿下に対して不敬以外のなにものでもない。

 リラジェンマは立場的にも彼らの意見など却下できる。

 だが、()()ベリンダに目をつけられた婚約者など、既に穢れた存在に視えてしまってキモチワルイ。彼を取り戻そうなんて思うほど高い熱量の愛情などそもそも持ち合わせていなかった。

 彼女はとにかくあのおぞましい『餓鬼』に関わりたくなかった。


「いいわ、ベリンダ。フィガロ・ヴィスカルディは貴女の恋人と認めましょう。――フィガロ・ヴィスカルディ。貴方との縁も今日限りです。婚約解消手続きの委細は後日」


 リラジェンマがそう許可の言葉を投げかけると、フィガロ・ヴィスカルディと周囲の人間はわっと歓声をあげ喜んだ。

 ただ一人、ベリンダだけが不満そうに下唇を噛んだ。



 ◇



「そうして疲れた身体を引きずって、やっと王宮に帰った翌日早朝に、実の父親から国を戦禍にまみえさせないために人質になってくれと頼みこまれ、あれよあれよという間にメルカトゥスの街に連行されて。あとはあなたも知ってのとおりよ」


 ウナグロッサの社交界にあのスキャンダルは瞬く間に広がったことだろう。王配と定められた侯爵令息は婚約者の妹姫と恋仲になったと。そして婚約者であった姉姫は身を引くように隣国に嫁いだと。

 今となって考えてみれば、恐らくすべて父の策略だろう。少しずつ権力を自分の手に集め自分の愛する(ベリンダ)を女王にすべく動いていたのだ。今頃王太女の称号もベリンダに書き換えられているに違いない。

 あの王宮にはウーナ王家の人間を加護するための魔法陣が張られていたが、父の言動は幼い王太女を慮るものばかりだった。


『幼い第一王女には負担だろうから自分が国王代理となろう』

『成人したばかりの王女に女王の位は重荷だろう。結婚し伴侶を得たあと戴冠した方がよかろう』


 せっかく張られた魔法陣も悪意のない(ように感じる)言動には作用しなかったと推測される。そのせいで少しずつ権力が削られていったのだが。

 そしてグランデヌエベからの要求は、父にしたらこれ以上ない良いタイミングでの布告だったのだろう。誰にも後ろ指差されることなく王太女を排斥できたのだから。


 話し終え肩を竦めたリラジェンマは、その時やっと自分の膝の上に寝転んでいたウィルフレードが身体の向きを変え、じっとこちらを見つめていることに気がついた。


「ウィル?」


佑霊(ゆれい)たちは憂いていたよ。早く君を保護してくれって」


 ウィルフレードはそう言って身体を起こすと立ちあがり、リラジェンマに手を差し出した。


「行こう。サインしなくちゃ」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 王の配偶者が王を欺いて庶子を作っていたのは叛逆行為として罪に問われるのではないでしょうか。 また王配が短期間代王を務めるのは可能かもしれませんが(男性版垂簾聴政ですね)、王の子でない自…
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