表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/34

32.「我が妃は貴様らに会う気が無い」……よくご存じで

 

「リラジェンマ王女殿下にお目にかかりたい!」


「我が妃は貴様らに会う気が無い」


 グランデヌエベ王宮迎賓館の一室でこの会話は展開されている。

 上座にはウィルフレード王太子。

 下座にはウナグロッサからきたヴィスカルディ侯爵とベルトリーニ近衛騎士団長。


「しかし!」


「くどい。何故会う気がないのか察してくれないかな。彼女は貴様らに謝罪の機会など与えたくないのだよ。貴様らは謝罪したことで満足を得るであろうが、我が妃がその分心労を負うとは考えられないか? 我が妃には会わず、貴様らは悶々と後悔し続けるがいい」


 ウィルフレードの硬質な声にウナグロッサからの使者は黙った。

 この部屋の外、ベランダに潜んだリラジェンマは会話の一部始終を聞きながらため息をついた。


(事前打ち合わせもなかったのに、ウィルってばわたくしの心情を正確に捉えているわね)


 突然リラジェンマの部屋を訪れたウィルフレードは、彼女に『使者と会う?』とだけ聞いた。

 リラジェンマは暫し悩んだあと眉を(ひそ)め『会いたくないけど……』と言葉を濁した。

 それを聞いたウィルフレードは『了解、追い払うね』と言って部屋をあとにしたので唖然とした。


 もしかしたらウィルフレードは、この後ウナグロッサからの使者と面会予定なのだろうか。

 詳細な予定はなにも語らなかったが、そうとしか思えない。

 もし彼女が会うと答えていたら、一緒に面会するつもりだったのではなかろうか。

 などなど。


 考えだしたら逆に気になってしまったリラジェンマは、こっそり庭を巡って迎賓館を訪れたのだ。

 彼女の推測は当たりだったらしい。

 お陰でこっそり会談を盗み聞きするハメになっているのだが。


(『キツネ狩り』の的にはならないだろうけど、やってることはベリンダのそれと大差ないのが笑っちゃうわね)


 庭から忍び込んだ自分を思えば自嘲するしかない。とはいえ、今は昼間であり護衛兼侍女も一緒にいる。あの愚妹と比べられるのは業腹である。


「なるほど……謝罪の機会は永遠に与えられない。それこそが我らに下された罰、ということですな……」


 ヴィスカルディ侯爵の呟きが風に乗ってリラジェンマの耳にも入った。苦い後悔の色が視えた気がする。


「それではせめて、お伝えください。今、ウナグロッサは後継者がおりません。ベリンダ王女はどうしたものか王宮に入れませんし、全身酷いやけどを負いまともに話すこともできなくなりました。今後のウナグロッサをどうするおつもりか、お答え頂きたいと」


「王女が王宮に入れない? どういうことだ?」


 ウィルフレードがあげた疑問の声と同時にリラジェンマも声をあげそうになった。


「我々にも理由は分かりません。が、ベリンダ殿下が王宮に入ろうとしたとき落雷にあい全身に酷いやけどを負いました。

 我々臣下だけならばなんの問題もなく出入りできるのですが、殿下をお運びしようとすると王宮内には入れなくなったと聞いております。目に見えない……そう、始祖霊さまに拒否されているのだと噂されております」


 ウナグロッサの王宮にはウーナ王家の人間を守るための守護の陣が敷かれている。それがベリンダの入城を阻んだということだろうか。

 思い当たることはもうひとつある。

 あの日、リラジェンマが愚妹に投げた一言が力を持ち、作用したのではなかろうか。


『わたくし、リラジェンマ・ウーナの名において、貴様の名を剥奪する。今後一切『ウーナ』を語るな』


 怒りとともに言葉を発した途端、ウィルフレードと繋いでいた手を中心になにかの力が波紋状に広がったのだ。

 あのときもウィルフレードと手を繋いでいた。

 リラジェンマの怒りに同調した精霊たちによって、自分が思うよりも強い力を使った可能性はある。


「王女が落雷にあったと? 生きているのか?」


 冷静な声のウィルフレードがさらに問い質す。


「はい。命に別状はありません。ですがお姿はあまりに変わられて……殿下の今後のことも、リラジェンマ王女殿下にご相談したいのです」


 ヴィスカルディ侯爵の生きているという返答に少しだけ胸を撫で下ろす。

 しかし。

 落雷にあった、つまり精霊の怒りを受けたと周知されているということは、ベリンダは今後の貴族社会で生きていくのは難しいだろう。もしかしたら市井に下りても苦労するかもしれない。

 リラジェンマは考え込んでしまった。



 しばらくの沈黙を破り、ウィルフレードの声が響いた。


「王女が王宮に入れない理由は、私に心当たりがある。

 あの者がここに滞在したおり、我が妃リラジェンマがその名においてウーナの名を剥奪すると宣言した。立会人は私、ウィルフレード・ディオス・ヌエベ。その宣言を精霊と始祖霊が聞き届けたのだろう」


「リラジェンマさまの、御名においての宣言……。さようでございましたか……拝命いたしました」


 ウナグロッサからの使者、ヴィスカルディ侯爵は厳かな声でそう言うと低頭した。


 長く女王派筆頭であった彼はウーナ王家の血筋に脈々と受け継がれる特殊能力――巷では神の末裔の証といわれるそれ――をよく承知している。それがあるからこその王権とも思っている。

 その末であるリラジェンマが名において下知したのならば、臣下として拝命するのみである。

 もともとベリンダという少女は国王代理の強い要請があり王族として名を連ねた。『国王代理という王族の娘』として『王女』を名乗れたのである。

 その国王代理も今は亡く、正統な後継者であるリラジェンマが『名を剥奪する』と言ったのならば。


 この時点をもって、ベリンダは王籍から削除される。

 ベリンダという少女はただの一市民となるのだ。


 侯爵のそんな心情、心算を、リラジェンマはつぶさにその瞳で視た。

 やけに物分かりのいい返答をする彼の気持ちを知りたくなった彼女は、つい立ち上がって窓から部屋の中を、侯爵の姿を視たのだ。


 彼女の傍らに控えていた侍女が“こっそり見るつもりだったのでは? 見つかってしまいますよ?”という顔でリラジェンマを見上げているのは解ったが、好奇心が抑えられなかったのだ。


 その気になって相手の姿を視れば、その者の心情が分かってしまう特殊能力。母である前女王がそうだった。


(あの時、お母さまから力を注がれて回復したけれど、その能力まで頂いてしまったのね)


 母は生前、真正面から相手の目を見つめれば威圧になってしまうから注意するようにとリラジェンマに教えていた。威圧的に臣下を視ないよう配慮する言葉であるが、もしかしたら娘の能力が必要以上に成長し視たくないモノまで視ないようにという親心だったのかもしれない。


(能力に目覚めたばかりの頃のわたくしは、怖がって泣いてばかりだったし……でも今のわたくしは他者の心の内を視ても、もう怯まないわ)


 ヴィスカルディ侯爵は心の底からウーナ王家に従うつもりだ。彼の忠誠に嘘はない。この血筋が続く限りは。


(考えてみれば怖いわね。……でも)


 リラジェンマはベランダから応接室の窓を開けた。

 急に風が入ったことで室内にいる人間が窓を、リラジェンマを見た。


「リラ」

「リラジェンマ王太女殿下……」

「……殿下」


 室内にいる人間のそれぞれの呟きを聞き、リラジェンマは微笑みで応えた。


「ウィル。わたくしとのお散歩の約束の時間でしてよ。あまりにも遅いから迎えに来てしまったわ」


 ウナグロッサからの使者の存在は意識から追い出し、リラジェンマは自分の夫に視線を向け笑顔を絶やさずそう言った。


「あぁ、すまない。もうそんな時間になっていたか」


 ウィルフレードは慌てたように立ち上がるとリラジェンマの前に立った。そのまま彼女を抱き寄せ額に唇をおとす。誰がどう見ても熱愛中の新婚夫婦の姿であろう。


「わたくしが待ちきれなかっただけですわ」


 リラジェンマは柔らかく微笑むと新婚の夫の胸を軽く押した。


「リラ、きみ……」


「さぁ、参りましょう?」


 そう言って夫の手を握りベランダへ出た。


「リラジェンマ殿下! お待ちください!」


 背後からリラジェンマを呼ぶ侯爵の声に足を止めた。


(やっぱり素通りは味気なかったかしらね)


 溜息をひとつ。

 手を繋いだままのウィルフレードからは、彼女を案じる気持ちが伝わる。


「ヴィスカルディ侯爵。久しいですね。壮健そうでなにより」


 背を向けたまま、侯爵へ向け声をかける。


「侯爵。ウナグロッサの今後については……しばらく待ってくれるかしら。もしそなたがわたくしを支持するというのなら」


「殿下……」


 背を向けている限り、その姿をはっきりと見ないでいる限り、彼らが何を考えているのか、はっきりと把握することはできない。

 けれど戸惑いと微妙に混じった安堵の気持ちが流れてくる。


「近日中に答えは出します――ウィル?」


「そうだね、行こうか」


 ウィルフレードを促し、彼にエスコートされながら庭園に下りた。


 背後から彼女を呼ぶ声は、もうかからなかった。



 ◇



「まさか、庭から登場なさるとは思わなかったな」


 ヴィスカルディ侯爵はどっかりと椅子に腰を下ろすと、庭に出て行ったリラジェンマの後ろ姿を呆然と見送った。


 リラジェンマ第一王女のことは、彼女の幼少期からよく知っている。彼の敬愛する前女王と同じ髪と瞳の色を持った愛らしい王女殿下。

 いつも物静かで伏し目がち。彼女の教育に訪れる教師陣にはもうお教えすることがないと言わしめるほど優秀でなおかつ心根の優しい王女殿下であった。


「どこか、雰囲気がお変わりになったような……」


 優秀な王女ではあったが、四角四面で彼女の行動は想定内に収まるものであった。

 あのように庭から顔を出すなど以前の王女殿下を知る身には信じられないし、訪問者に背中を向け続けるような方でもなかった。

 だが。

 生前の女王陛下はあのように背中を向けヴィスカルディと接することがよくあった。今日見たリラジェンマの姿は女王陛下のそれを彷彿とさせるものだった。

 侯爵が口にした微かな疑問に、ベルトリーニ近衛騎士団長が応える。


「このグランデヌエベ王国に来たことが、殿下によい影響をお与えになったのかと。始めに拝見したご尊顔……晴れ晴れと、とても嬉しそうにウィルフレード殿下をご覧になって……」


「よい影響、か……なるほど」


 確かに、仲睦まじい様子のふたりだった。


「今のリラジェンマ殿下がどのような答えを下さるのか、とても楽しみだ。待てと仰せなのだ、暫し待とう」


「はっ」


 彼らが見送った王太子夫妻の背中は、既に迎賓館の庭園からは離れたらしくどこにも見えなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ