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30.ウナグロッサ王国、国王代理と第二王女ベリンダのその後(ざまぁ回?)

 

 ◇ 時間を少し戻し、ウナグロッサ ◇


 ウナグロッサの国王代理フィオリーノ・コンネッテルシィ・ウーナは、ここ二か月というもの空を見上げては尚も続く長雨にため息をつく毎日を送っていた。


 だがその日の天候は少し違った。雨が小降りになり今にも止みそうだったのだ。


 今までならば、王が祭祀を行い精霊を宥め天候不順などの問題を解決してきた。

 それをしないでいつまでも雨を降らせ続けている王家に、国民は不信感を抱き始めていると聞いた。

 国民だけでなく、政治の中枢にいるはずの貴族、官吏の人間たちまでも国王代理であるフィオリーノに不満を抱いている。

 前女王陛下がご健在の折には……などと恨みがましく愚痴られる。


 だが!


 今、雨は小振りになって止みそうである。

 この機会に国王として祭祀を執り行えば、離れ始めた上層部どもの気持ちを少しは取り戻せるに違いない。

 機を見るに敏なフィオリーノは早速大神殿へ赴いた。とはいえ、ウナグロッサ王国の大神殿は国で一番高い山の頂上にある。


 長雨により地盤の不確かな中の登山は慎重を期した。時間をかけて大神殿へ向かう途中の馬車泊中に、フィオリーノは彼の愛娘ベリンダ出奔の報を受け驚いた。なにやら思い詰めてグランデヌエベ王国へ向かったという。急いで彼女を帰国させる旨の親書を持たせた特使を手配する。


 いったいなんの不満があって飛び出したのか、皆目見当がつかない。

 彼女の望みどおり、婚約者をヴィスカルディ侯爵家の次男にした。彼は次の王配として幼い頃から教育を受けていたし、有能だと聞く。


 ヴィスカルディ侯爵家は長年女王派として政界の顔だったが、ベリンダとの婚約を機に国王派になるだろう。第一王女との婚約解消を気に病み降爵を願い出ていたが、いずれそんな世迷言も治まるはずだ。


 そうしてつけてやった婚約者はいったいなにをしていたのか。


 いくらベリンダが自由奔放だからといって、一国の王女が、それも次代の女王になろうという者が国王の許しも得ず他国に遊びにいくなど、由々しき事態である。ヴィスカルディ家の次男はちゃんと婚約者(ベリンダ)の行動を見守らなければならないだろうに。


 そんなことを考えつつ馬車内で休息していたフィオリーノは、夜番中の騎士たちの他愛ない駄話を耳にし機嫌を急降下させた。


 騎士たち曰く。この長雨が止み始めたのはベリンダ王女が国を出てからだという。

 第一王女リラジェンマが国を出てから降り始めた雨は、第二王女ベリンダの出奔により止み始めた。

 これはつまり、精霊や始祖霊の思し召しなのだ。リラジェンマ王女の出国を嘆いて泣き、ベリンダ王女の出奔を受け入れ泣き止んだということではないか?


(始祖霊などいない! 明日になって余が祭祀を行うころには雨もちゃんと止んでいる! それで他の奴らは納得するはずだ!)


 腹を立てながらも休息をとった翌日。フィオリーノが予測したとおり、雨は上がっていた。ただ空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうな気配がある。


(これは却って絶好の機会! 祭祀を行いこのまま空が晴れれば余の手柄だ!)


 馬車をその場に残し、人力だけで登山を続けた先の頂上に大神殿はあった。

 いくつも立ち並ぶ石柱に取り囲まれた芝生広場の中央には、黒々と(そび)え立つ鉄柱。

 いまだどういった技術で立ち続けているのか解明されていないそれを、フィオリーノは初めて見た。

 前女王、フィオリーノの前妻はこの場に彼を連れてきたことがなかったからである。


 ここから先、どうしたらいいのか。

 近衛騎士団長に――前女王の護衛で何度もこの場に赴いている――前女王はここでどうしていたのか尋ねてみた。


「あの芝生の上には王族しか立てないと伺っております。我々の警護は常にここ迄です。

 前女王はあの鉄柱に触れ、祈りの言葉を捧げていたようです。ここまでそのお声は届かなかったので、どんな祈祷文なのか小官は未だ存じません」


 近衛騎士団長の返答を聞き、フィオリーノは納得した。

 どうやらあの鉄柱に触れ、それらしい祈祷文を口にすれば祭祀を行ったことになるらしい。


(始祖霊など、恐るるに足らず。余が祭祀を終え下山したあかつきには晴天が余を迎えてくれるだろう!)


 曇天の下、フィオリーノは意気揚々と芝生広場に足を踏み入れた。


 雷の閃光と爆音が同時に落ちた。



 ◇ ◆ ◇



 ベリンダにとって、グランデヌエベという国はとんでもないところであった。

 だれもかれもベリンダを馬鹿にしている。こんな屈辱を受けるとは思わなかった。


 王族にお茶会の招待をされたが、ベリンダを馬鹿にして軽くて安っぽい茶器しか出さなかったので内心怒り狂った。

 誇り高いベリンダは、内心を抑え無視することでよしとしてあげた。

 野性味あふれる雰囲気の王子殿下は、ベリンダが微笑んであげても何の反応も示さなかった。

 彼は不感症かもしれない。


 城で働いている者にベリンダが笑いかけても冷たい対応しかしない。世間話もしてくれない。宝石をあげると言っても、お金をあげると言っても無反応。扉の前に立つ兵士に腕を絡めると、嫌そうな顔をされて腕を離される。

 そして、とうとうこう言われた。


『あんた、本当は王女じゃなくて娼婦なんじゃないの? いや、娼婦より(たち)が悪い。娼婦は商売で身体を売る。だけどあんた、金をバラまいて相手させようとして、見境ないもんな』


 そんな言葉、初めて聞いた。

 こんなにもひどく侮辱されるためにこんな国に来たのではない。王太子に会って、本当の花嫁を見せようとしただけなのに!

 その王太子からして、ベリンダを汚物でも見るような目で睨んだ。彼が一番酷い恥をベリンダにかかせた。


 もういい。こんな国、ベリンダのいる場所ではない。


 ベリンダは有無を言わせぬ勢いでグランデヌエベの騎士たちに国境検問所まで連れていかれた。

 検問所には国王(おとうさま)からの特使が待ち構えていて、少々の小言を聞かなければならなかったが、夜遅いこともあり検問所で一晩過ごした。


 王族が泊まるような設備のないそこにベリンダは憤慨した。

 だが無い物は仕方がない。納得してくださいと特使に説得され、取り敢えず就寝したのだが。


 翌日は朝から快晴だった。

 遠く霊山だけは厚い雲に覆われ見えなかったが、そんな些細なことを気にするベリンダではない。

 今日は久しぶりに良い天気だし、ゆっくり馬車の旅を楽しみながら城に帰ろうと思った。


 だが一夜明け、状況が一変したことをベリンダは肌で感じた。


 驚いたことに、だれもかれも(昨夜彼女の説教をした特使も)ベリンダに笑顔も見せず、腫れものを扱うように遠巻きにした。ベリンダは王女だというのに!

 まるで汚い物がそこにあって触りたくないといった雰囲気。

 嫌悪と怪訝(けげん)な表情を作りベリンダを睥睨する彼らの目が怖かった。


(なんなの? これじゃあ、グランデヌエベのキツネどもと同じ反応じゃない! みんなどうしちゃったの?)


 不安に駆られながら帰城したのだが、こんどは城を前にして馬車が止まってしまった。馬がどうしてもいうことを聞かず進まない。

 早く自分の宮に戻りゆっくり疲れを癒したかったベリンダは、ぷりぷりと怒りながら馬車を下り自分の足で歩いて城に入ろうとした。

 だが、ある場所から見えない壁に阻まれ進めなくなった。


「え? なに? どういうこと?」


 手を伸ばし、やっとなにかがあると分かるのだが、それは目に見えない。

 だが目に見えないそれはベリンダの入城を阻んでいた。彼女と同行していた特使や護衛騎士は不思議な者を見る目でベリンダを()()()()


 彼らはなんの問題も無く城内に入れたというのに!

 どうして自分だけ、こんな目に合わねばならないのか。


「なんなの⁈ これ! わたしを誰だと思ってるの⁈ ベリンダ・ウーナが帰ってきたというのに、これはなに?」


 ベリンダが叫んだ瞬間。

 空は快晴だというのに、爆音とともに落雷があった。

 ベリンダの真上に落ちたそれによって、彼女は全身火に包まれた。


 驚いた城内の者が彼女を医局に運ぼうとしたが、見えないなにかに阻まれて進めない。なにをどうやってもベリンダを城内に入れることができなかった。

 一刻を争うと判断されたため、彼女は城外の町医者の元へ運ばれた。幸い一命はとりとめたが、落雷のせいで全身ひどく焼け焦げ、髪は無くなり、自慢の美貌は見る影もなくなった。その上、声帯を痛めたらしくあの美声も永遠に失われた。



 ほぼ同時刻。

 城内に勤める者が城の内宮にいたはずの国王の愛妾、レベッカ・アマディ夫人の遺体を発見した。

 彼女の遺体の特徴もベリンダ王女と同じ、雷の直撃を受けたようなそれで、だれもが首を傾げた。

 アマディ夫人は屋内にいたにも関わらず、落雷にあったような有り様であった。

 部屋の中に一人でいた彼女の本当の死因はだれにも解らなかった。





 ◇ 時間は進み、グランデヌエベ ◇




 先日の夜、リラジェンマが第一神殿で祭祀を行ったことは、すぐにビクトール国王陛下の耳に届いたようでウィルフレードはこの日、陛下から特大の雷を落とされた。


 いつもいつも事後承諾とはなにごとか、と。


 怒られているはずのウィルフレードは、涼しい顔をして父親のお小言が終わるのを待つ。


 一頻(ひとしき)りウィルフレードへの説教を終えると、国王陛下はリラジェンマに向き合い彼女の身を案じた。


 初めての祭祀は怖くなかったか、身体中の気力を根こそぎ吸い取られたのではないか、きちんとウィルフレードに説明を受けていたのか、ウナグロッサへ向けての祭祀なんて無茶はほどほどにしなさい、などなど。


 実父とまともに会話を交わしたことのなかったリラジェンマには、とても嬉しいお小言であった。


 せめて国王である自分が同席していれば、リラジェンマの負担を軽減させただろうにと言いながら、彼女の手を握り労わる――いや、労わろうとした瞬間、その手をウィルフレードに叩き落とされる。

 睨み合う黄水晶(シトリン)の瞳が二対。


(この親子、なにをしているのかしら? ……気力を吸い取られるどころか、身体中に激痛が走ったし呼吸困難になるし寒くて震えたし……なんて言ったらウィルが余計に怒られそうね)


 リラジェンマはそんな詳細を語る必要はないと判断し、笑顔で『()()()()、なんともありませんから』と本当のことを言った。


 ()()、なんともない。間違いない。むしろ絶好調である。


 ウィルフレードの『僕がずっと君に触れていたからね!』という言葉が正しかったのかどうか真偽のほどは分からないが、あの後わりとすぐに回復した。一晩寝込む、なんて事態にもなっていない。

 それについてはっきりとした説明をしてくれないウィルフレードであるが、要するにリラジェンマとウィルフレードの接触によりお互いの力を補充し合えるようなのだ。


 ウィルフレードが昏倒したときは、まる一日、ふたりは手を繋いでいた。それと睡眠で回復した。


 今回は、あの時よりリラジェンマの能力値が上がっていたことと、祭祀後すぐにウィルフレードが全身を使って(本人談)彼女に力の補填をしていたこと、そしてなによりも始祖霊となった母の力の補填があったこと。

 それらのお陰でリラジェンマは驚異的な速さで回復したのだろうと自己分析した。


 だが。


()()、か。……なるほど? ウィルフレード。お前、自分の妃に無理を強いる大莫迦野郎か!」


 リラジェンマの返答を聞いた国王は片方の口の端をあげる、ある意味親子そっくりの笑い方をした。

 リラジェンマは詳細を語らなかったのに、その野生の勘ですべてを理解してしまったらしい国王陛下のお説教はまだまだ続くかと思われたとき。




 隣国ウナグロッサから来た急使がリラジェンマへの面会を希望した。

 国王代理の訃報を携えて。



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