28.「僕は仮説を立てた」
生き生きとした表情で語るウィルフレードは、研究者の顔になっている。
「君の国、ウナグロッサは“始まりの国”とも呼ばれている。意味は“おおいなる一”」
「それ、なのだけどねウィル。“始まりの国”って誰が使っている言葉なの? わたくしはウナグロッサをそう呼んだことないわ」
「それ! それも僕の下世話な知識欲を刺激したよ。君たちは自分たちを“おおいなる一”と表した。“始まり”と評しているのは僕ら、グランデヌエベの民だ」
よくぞ聞いてくれました! とばかりにウィルフレードは嬉しそうに語り続ける。
「ウナグロッサの民が初めに始めたんだよ。我らグランデヌエベの先祖はそれを褒め称えたんだ」
『なにを?』と問う間もなくウィルフレードは滔々と語り続ける。
「そして聞いたところウナグロッサには“大神殿”はあるけれど、そのほかに神殿はない。そうだったよね?」
「えぇ、そうよ」
「グランデヌエベにはね、第一神殿から第八神殿まで存在するんだ。第一はこの王宮内に。そのほかのは国内の各地に点在している」
それがどうしたのだろうと首を傾げるリラジェンマを見て、ニヤリと口の端をあげる笑い方をしたウィルフレードは言葉を繋げる。
「母上が他国出身者だってのは知っているよね? どこから来たのか知ってるかい? 母上はリンタンオッタ王国から嫁いだ」
ヴィルヘルミーナ王妃陛下の本質を思い出した。
八つの輝く宝石が彩られた威厳のある女性。
ウィルフレードの背後に視える彼の本質は、九枚の翼をはためかせる勇者。ヌエベ王家の紋章も九枚の翼をもつ天使。家名のヌエベも意味は“九”。
「家名から国名、ここまで“九”に拘っているのにも関わらず“第九神殿”は存在しないんだ。不思議じゃないかい?」
言われてみれば奇妙な話である。
「しかも鉄柱は八角柱なんだ。君に指摘されるまで気がつかなかった自分が悔しいよ! 国内のほかの神殿へも行って確認した。鉄柱は八角柱。まぁ、九角柱はバランス悪いし作りづらかったのかなと思ったんだけど。そうじゃない。わざとそうしたんだ、過去あれを作った帝国の人間は。八角柱の鉄柱を八本作った。結界を張り巡らせた“神殿”を作った。現在は『グランデヌエベ王国』と呼ばれる土地に」
現在、ウナグロッサを始め数字を意味する国名を持つ国が周囲に点在している。
グランデヌエベ王国は海に面した土地だが、リラジェンマの母国ウナグロッサは山ばかりの土地だ。
王妃陛下の母国・リンタンオッタ王国も数字の八を元にしている。
「僕は仮説を立てた。
帝国末期の時代の人間はこの地に最後の帝国を築いていたんだ。その間にこの鉄柱を造った。それが空白の500年の間に起こったことだと思っている。
今現在、僕らはあの鉄柱を精霊たちに祈りを捧げるためのモニュメントとして使っている。だが帝国時代の人間はそのために作ったのではない。別の用途のためにあれを作ったんだ」
「べつの、ようと……なんのために作ったと?」
リラジェンマの問いに対し、ウィルフレードはニヤリと笑った。
「僕はね、あれは脱出口だったんだと思う」
「だっしゅつ?」
「そう。脱出口というか、門というべきかな。これと対になる鉄柱の元へ次元を繋げて瞬間移動するための場所」
「しゅんかんいどう?」
「そう。言っただろ? それなりの力を持つ者が精霊の力を借りて術を発動させれば、信じられないような力を発するって」
「え、いやでも、え? 瞬間移動? なに、それ。発想が飛躍し過ぎよ?」
「僕はこの第一神殿の鉄柱がウナグロッサの大神殿の鉄柱と対になったものだと仮説を立てた。なんせこんなにも“九”であることに拘っていたご先祖さまが“第一”という名付けを遺したモノだ。それも宮殿の中央にそれを遺した。ウナグロッサに関係するものに違いない。
そして“始まりの国”で始めたのは何か? それは民族大移動だよ。記録に残されていない空白の500年間でなにかがあった。避難しなければならないなにかが。ここからこの鉄柱を門として繋げ移動したんだ。移動した先で、ウナグロッサ王国を築きウナグロッサの民となったんだ!」
「えぇ……? 暴論でなくて?」
民族大移動? この門から移動した?
相も変わらずウィルフレードの発想は突拍子もなくて面喰うばかりだ。
「そう思う? じゃあ、実証例をひとつ。実証というか事実? 実は我が国の第四神殿は失われている。海に没した。『四』を冠した国の今現在の状況を君は知っているだろう?」
「四……? キャトゥルグロス王国? 100年前に砂漠に呑まれたあの国……?」
確かに歴史の講義で教わっている。既に滅びた王国があると。
その名はキャトゥルグロス王国。かの国が国として機能しなくなり、周辺諸国に難民が溢れ対応に苦心したと。
「そう。ちょうど我が国でも100年前くらいに第四神殿が自然災害で海に沈んだ。その近辺の街とともに」
さすがに他国の神殿のひとつが無くなったという事案はささやか過ぎて、リラジェンマの知識にもない。
「かの王国が滅亡したから、グランデヌエベの神殿も連動して無くなったと?」
「さぁ? どちらが先だったのか。いかんせん、キャトゥルグロスは遠いうえに当時の資料が足りなくて詳細が分からない。だが事実としてキャトゥルグロス王国の王家が滅び、国土そのものが砂漠に呑まれた時期と、我が国の第四神殿が海に沈んだ時期が一致する。それだけは確かだ。」
暴論、だと思う。だが。
リラジェンマは黒々と聳え立つ鉄柱を見上げた。
これがウナグロッサの大神殿の鉄柱と対になっているのだとしたら。
つまり、ウィルフレードが言いたいのは。
「精霊の力を借りれば、ここからウナグロッサに行ける、ということ?」
「たぶん、無理」
「え゛」
いままでの話の流れでは、そういうことだったのでは? とリラジェンマはウィルフレードを睨みつける。
「いくら精霊の力を借りても、僕らだけの力だと瞬間移動するまでには至らない。無理だと思う。だって“感覚共有”の術だけで昏倒してしまう僕らだもん」
確かに。術の有効範囲が広かったとはいえ、まる一日以上は寝たきりになってしまう程度の体力しかないのだ。“瞬間移動”などそれ以上の力が必要だろう。
「む、無理なら、なんでそんな話をわたくしにしたの⁈」
「いや、だから仮説だから。
昔の帝国時代を生きた人間は僕らみたいな特殊能力持ちの人間の数も多かっただろうし、その能力も僕らより大きかっただろうと推測する。だから瞬間移動も可能だったのだろう」
いずれにせよ実証しないことにはどうにもならない『仮説』だ。とはいえ、一度期待を持たせるような話を振っておいて『無理』と切り捨てることはなかろうものを。
「あ、怒った?」
つい、不満を隠さずウィルフレードを睨みつけてしまうリラジェンマに、ウィルフレードはすぐ気がついた。
「余計な期待を持たせたウィルが悪いのよ⁈」
八つ当たり気味に返事をすれば、ウィルフレードはあっさりと言を肯定する。
「うん。ごめん。でも、たぶん祈りは届くと思う」
「え?」
「僕ら自身を移動させることは無理だと思う。でも祭祀はこの場所からでも充分できると思う。この『第一神殿』ならば」
あの、口の右端だけをあげる笑い方でリラジェンマを見るウィルフレード。
「そ、それが出来るなら出来るって最初から言ってくれればいいのよっ!」
「だってリラが」
いままで有能な研究者が滔々と語っていたのに、急に子どもが拗ねているような表情を浮かべるウィルフレード。
「わたくしが、なに⁈」
「ウナグロッサに帰る、みたいなことを言うから」
それはつまり意趣返し、ということだろうか。
「子どもっぽいことしないの!」
「うん。ごめん」
しゅんと項垂れるウィルフレードはちょっと可愛いかもしれない。すぐ素直に謝る姿勢も悪くはない。しかし。
リラジェンマは悲壮な決意を胸にウィルフレードと対峙していたのだ。
真剣だったのだ。
「そうやって口先だけ謝っても許してあげないんだから」
「どうしたら許してくれる?」
「ちゃんと祭祀の仕方を教えなさい! そしてわたくしに与力するの! 誠心誠意ね!」
「もうウナグロッサに戻りたいなんて、言わない?」
上目遣いで覗き込まないで貰いたい。なにせ彼は美形である。美形が一生懸命! といった表情で見詰めるのは脅迫に近いのではなかろうか。リラジェンマはそう思う。
「それは……ウィルの活躍次第ね」
「うん! 頑張るからね!」
この素直な姿勢は評価に値する。と思うリラジェンマであった。
(こぼれ話)
ウィルフレードが急に「瞬間移動」などと言い出したのは、七代目が書き遺した魔法の書に、そういった術が記述されていたせい。
七代目が遺した書物は隠し部屋に保管されていました。
ウィルフレードは古代文字で書かれたそれを読み解くのが趣味です。
彼は帝国時代の名残りを追いたくて、学者になりたかったようです。




