22.対面。ベリンダ・ウーナ
「こんな侮辱、生まれて初めてだわ! いいからこの手を離しなさいよ! わたしを誰だと思ってんの⁈ ウナグロッサの王女なのよ⁈ この国の人間は礼儀というモノを知らないんじゃないっ⁈」
廊下から室内にまで届いた異母妹の金切り声に、リラジェンマは驚きを禁じ得ない。
(あんな……言葉遣いと、喚き声……品位もなにもない……アレを王女と呼ばなければならないなんて……)
取り敢えず、ウィルフレードの膝の上からは降ろして貰いソファにひとり座った。ウィルフレード本人には衝立の影に隠れて貰い、リラジェンマの傍にはカバジェ近衛騎士団長ほか、数名の騎士たちが護衛に立った。部隊長クラスの騎士も部屋の隅に並ぶ。
発見、捕獲され近衛騎士団の詰め所に連行されたウナグロッサ王国第二王女ベリンダ・ウーナの様子は、見るも無残なありさまであった。
庭園の中でも舗装されていない道なき道の部分を強行突破しようとしたらしい。スカートの裾には泥が跳ね、ほつれ、転んだようにも見受けられた。
髪を乱し喚く様子は、どう見ても正気ではない。
余りにも不憫な様子に同情した侍女が、衣装を整えましょうと控室へ誘導しようとしたところ、その手を振り切ってまた脱走を試みたせいで今は女性騎士――ピアという名の有能な騎士だ――に手首をしっかり掴まれている。
(まるで犯罪者が捕まっているようね)
そのベリンダは、部屋の中に通されざっと室内を見渡したかと思うと、急にぐずぐずと泣き崩れた。
儚く、憐れっぽさを演出するような泣きかた。その変わり身の早さにだれもが開いた口が塞がらないような様子だ。
この部屋にいるほとんどの騎士は男性である。
だから態度を変えたのだ。自分に同情させ、庇護されるよう仕向けるために。
どうやら今までメイドや女性騎士たちが対応していたせいで、あのような威張り散らした態度だったらしい。彼女の手首を掴んだままの女性騎士が、そのあからさまな態度の変化に嫌悪の表情を剥き出しにした視線をベリンダに投げている。
憐れみをかけるのも躊躇われるほどみっともない状態の異母妹にリラジェンマは呆れかえる。
(急に態度を変えたところで、あの怒鳴り声を聞いていたら同情なんて出来ないわ)
王女の手首を拘束し続ける女性騎士に目配せと手を振ることで拘束を解くよう伝える。
リラジェンマの命令に、本当によろしいので? といった表情を浮かべた女性騎士は、王女の手を離したがその場で後ろ手を組んで立った。王女を警戒しているらしい。
(これは、そうとう手こずったようね、ピア)
リラジェンマは異母妹がしくしくと泣き続けるさまを暫く黙って観察した。
この場での最高責任者の(本来は王太子ウィルフレードだが、今は隠れている)リラジェンマが沈黙を守っているせいで、その場のだれもが動かず声も出さず、彼女に倣いウナグロッサの第二王女を観察し続けた。
だれにも声を掛けられない状況を訝しく思ったのか、チラチラと周りに視線を向け始める第二王女。その視線がやっと部屋の奥のソファに座ったリラジェンマを捉えた。
一瞬で激昂したのか真っ赤な顔になった第二王女は叫んだ。
「ひどいっ! おねえさまのせいで、わたしはひどい侮辱を受けました‼」
そのままリラジェンマの元まで近寄ろうとするから、女性騎士に羽交い絞めにされた。憐れに泣き崩れた姿はやはり演技だった。
「こ、こんなっ! 王女に騎士ごときが触れるなんて、いったいこの国の常識はどうなってんの⁈」
(常識……どの口が言う言葉かしら)
「おねえさまのせいよっ! 本当はわたしに来た縁談だっていうのに、勝手に押しかけたって聞いたわっ‼ グランデヌエベの王太子さまが迎えに来たのはわたしなのよ‼
いつもそう! おねえさまばかり、いいとこ取りしてズルいっ!」
髪を振り乱し、口角泡を飛ばす勢いで喚きたてる第二王女の様子に、部屋の壁際に立つ騎士たちが一斉に殺気を強めた。
「それに、なぁに? そのドレス! おねえさまにはお似合いかもしれないけれど、王太子殿下の色がどこにも無い! 今日は舞踏会だって聞いたけど、そんな色のドレスを着て舞踏会に出たんですかぁ? 非常識だと思いませんかぁ? パートナーの色をドレスに使わないなんて、どうかしてますぅ!」
(……あぁ。だからあなたはその色のドレスを着ているのね)
ベリンダの着ているドレスの色は黄色。腰に巻いたサッシェは金色。フリルやレースをふんだんに使ったドレスはとても可愛らしい。恐らくグランデヌエベの王太子殿下が金髪に黄水晶の瞳を持っているという情報を得たからだろう。
が。
(あなたのその金髪に、その色のドレスって……全体のバランスが悪いわ……)
全身ギラギラと異様に光り、どうにも違和感と不調法さばかりが目立つ。
しかも、舞踏会会場に居なかったから事情を知らないとはいえ、リラジェンマのドレスを非難するあの発言は王妃陛下を侮辱し、喧嘩を売ったと同義である。
騎士たちの醸し出す殺気が一層濃いものにグレードアップした。
「おねえさま! なんとか言ったらどう? お父さまに言いつけるからね!」
リラジェンマの瞳には視える。
涙で頬を濡らす異母妹の背後に、獲物に狙いを定め牙を剥きだしにしているバケモノの姿が。
いつもは華麗な異母妹の姿との落差がおぞましく、視るたびに怯えてしまった。
だが今日の異母妹の姿はバケモノの姿と同様に見苦しく、落差などない。どちらも等しくおぞましい。
(こんなモノに怯えていたなんて……わたくし、どうかしていたわ)
おそらく異母妹を普通の人間だと認識していたから、その異形の姿が恐ろしかったのだ。
いつか正常になると、普通の人間に戻ると思っていたから。
アレは同じ人間ではない。
そう認識してしまえば、恐れるものでもなかった。外見はどうあれ、アレの中身は常に人を羨み奪うことで満足を得ようとするバケモノだ。
「花嫁として望まれたのは、このわたし、ベリンダなのよっ! ベリンダにそのティアラも渡しなさいよ!」
異母妹が金切り声をあげるたびに、リラジェンマは冷静になれた。
(この部屋の殺気に気がつかないのかしら。ある意味、尊敬に値するわ)
異母妹が暴言を繰り返すせいで、騎士たちの殺気は最高潮に達している。リラジェンマが指を立てて首を掻き切る動作をしたら、すぐにでも剣を抜き実行しそうで恐ろしい。
「ウナグロッサ王国、第二王女ベリンダ・ウーナ。そなた、幾つになりましたか」
リラジェンマが殊更意識し柔らかい声を出したのは、今まで金切り声で叫んでいたベリンダとの違いを見せつけるためだ。
「え? ……18だけど、それがなに? 急に、なに言ってんの?」
突然話しかけられ、異母妹は虚を突かれたような顔になった。
「18……もう成人を迎えたのですね。大人であるあなたに理解できないとは言わせません。
国へ戻り、国王代理に直接確かめなさい。
グランデヌエベ王国王太子、直筆の書状で望まれた姫の名前は誰だったのかと。お優しい国王代理は必ずそなたの問いに答えてくれるはずです。『それはリラジェンマだよ』と」
経緯はどうあれ、望まれたのは間違いなくリラジェンマである。勝手に押しかけたなどと言われる筋合いはない。
「でもっ! 街の噂ではわたしだって言ってたわ!」
(噂を頼りにここまで来たの?)
「そなた、街での流言飛語と国王代理、どちらの言葉を信じるのですか? その調子では国王代理の許しを得てから来たわけではないのですね」
「お父さまは、わたしがなにをしても許してくれるもん!」
「なるほど。ろくな教育も施されなかったと。憐れなこと」
「ひどいっ侮辱だわっ!」
「国王代理を侮辱したのはそなたです。王女を名乗る身で許可も得ず勝手に他国を訪れるなど。そなた、王女の権限をどの程度だと思っているのですか? 国王代理の意思をも上回るものだとでも?」
「そんな……どうしてそんな難しいことばかり言うの? ベリンダをいじめて楽しいの?」
「は?」
いつ難しいことを言っていじめたことになったのだろう。
「いつも、いつも、そうじゃない! おねえさまは酷いっ! わたしのことなんてどうでもいいんですね!」
(そうね。どうでもいいわ)
「おねえさまがズルして勝手にグランデヌエベに行ったりするから、こうしてベリンダまで苦労する羽目になるんです! おねえさまばかり優先されるなんてオカシイです! 大人しくわたしとその立場を交換してください!」
本気でなにを言われているのかわからない。
けれど。
「そもそも。ヒドイとかズルするとか。そういう次元の話ではないのです」
リラジェンマはゆっくり立ち上がった。
背筋を伸ばし、顎を上げ、女性騎士に羽交い絞めにされている憐れなバケモノを見下ろす。
「わたくしは第一王女リラジェンマ・ウーナ。何より誰より優先されてしかるべき人間です。
なぜなら、すべての国民を守り慈しみ背負って生きる覚悟があるからです。その責任を自覚しているからです。
だからこそ、わたくしは優先されるのです」
「おねえさまはすぐ難しい話に変えてズルい! 王太子さまに会わせて! 彼だってわたしを見れば考えを変えるはずよ!」
「その恰好で? 今日のところは大人しく与えられた部屋に戻ることを勧めます。また明日、会いましょう。これ以上ウナグロッサの品位を落とすような真似は許しません」
「おねえさま!」
「ドレスもお飾りも、そなたに似合う物を用意させます。少しでも王女の矜持があるのならわたくしの言に従いなさい」
「すぐそうやって、姉だからって言うこときかそうとする! おねえさまはいつもそうやって、わたしに判らない言葉を使ってうやむやにする気なんだわ」
難しい言葉をいつ使っただろうか?
リラジェンマは内心ではなく、本当にわからなくて首を傾げた。
「自分の恰好を見なさい。ひどい有様です。恥を知りなさい」
そのとき、初めて異母妹は自分のスカートの汚れに気がついたらしい。怒りではなく、羞恥で頬を染めた。
「それもこれもぜんぶ、おねえさまのせいじゃない!」
「え。どこが?」
本気でわからない。
リラジェンマは他国の迎賓館に入って、勝手に庭園を彷徨ったり騎士団に捕獲されたりした覚えはない。ましてや、それを異母妹に命じた覚えもない。『おねえさまのせい』などと言われても違うとしか言えない。
すべて、異母妹が勝手にやったことである。
ここまで人の話ができないとは思わなかった。
「責任転嫁も甚だしい。よろしい、わかりました。――イバルリ、レブロン。両名に命じます。この者を迎賓館の最初に宛がわれた部屋に戻しなさい。特別にその身に触れることを許可します。暴れるようなら縄を使っても構いません。許可があるまで部屋から一歩も出さないように」
「はっ」
部屋の端に控えていた近衛騎士2名に命じれば、彼らは即座に動いた。
「え? ちょっと待って」
ベリンダが抗議の声を上げるが、彼らはそれに聞く耳を持たず左右からベリンダの手首を掴んだ。
女性騎士ピアがしていたのと同じ行動だが、力の強い2名の男性騎士が両側からそれぞれ手首を掴むのだ。ベリンダの抵抗も虚しく、あっという間に引きずられるようにして部屋を退出した。
すでに姿は見えないが“離しなさいよっ”というベリンダの声だけが虚しく聞こえてくる。
「ピア。ご苦労ですが、彼らと一緒に行って。彼らにあらぬ疑いがかけられぬよう、見張りなさい」
「アラヌウタガイ……っ! 承知っ!」
一瞬呆然としていた女性騎士が、すぐさま低頭し彼らのあとを追うように退出した。
「なんとも……人の話が通じる相手ではないのですな……」
いままで黙って殺気だけを飛ばしていたカバジェ団長が溜息混じりに溢した台詞に、部屋に残されただれもが頷いてしまったのだが。
「ウィルフレード王太子殿下」
リラジェンマの呼びかけに、衝立の影からげっそりとした表情でウィルフレードが姿を現した。
「あれがウナグロッサ王国第二王女です。ご感想を頂けます?」
リラジェンマが先に会いたいと言っていたのを無視してまで姿を垣間見ようとした相手だ。
一言、その感想を聞きたい。
廊下に居ても聞こえてくるような金切り声の持ち主で。
相手によってコロコロと変える態度とか。
会話をしているようで、一方的に自分の要求のみを突き付ける頭の悪さとか。
パートナーの色彩をその身につける等、一応の常識は知っているようだが、壊滅的にセンスが悪いことを露呈させたドレス選択とか。
国王代理を無視して行動する図太さとか。
この部屋の片隅から一部始終を垣間見ていたはずのウィルフレードの感想を聞きたいと、リラジェンマは思った。
『でも』とか『だれかのせい』とか。甘ったれた言葉をこのうえなく軽やかに口にする異母妹に、王家の人間としての覚悟や矜持、責任などあるとは思えないし、判って貰えるとも思えない。
あのような女を伴侶に選ぼうというのなら、この男の品格も知れたものだ。
どこか殺伐とした思いのリラジェンマがウィルフレードを睨んでいると、彼はため息をついたあと
「臭かった……」
と憔悴しきった小さな声で呟いた。




