21.近衛騎士団長とリラジェンマと遅刻したウィルフレード
「カバジェ団長。ウナグロッサの第二王女が行方不明と聞きましたが」
本日の王家主催舞踏会のため、王宮に警備を敷いたのは近衛騎士団。騎士団の中でも王宮や王家の人間を守護するよう任命されている彼らの詰め所は、外宮の片隅にありこの舞踏会会場からも近い。
「おぉ、妃殿下。ご足労お掛けし申し訳ありません」
近衛騎士団長クストーディオ・カバジェとは先日挨拶を交わしている。威風堂々とした壮年の男性で、黒髪と黒々とした長いあごひげが自慢だと語ってくれた。笑ったときに出来る目尻の皺がとても誠実な印象で、リラジェンマは彼に好感を持っている。
「礼は不要。経緯を説明なさい」
伝統的に近衛騎士団の総帥は王太子が務めるものだと聞いている。今回の王宮警護の総指揮も王太子の仕事の一つなのだが、王太子本人不在の今その妃であるリラジェンマが顔を出すのは不自然でもなんでもない。
さらに王女として生まれ育ち、母国では公務に就いていたリラジェンマは、人に命令することに慣れている。なんの違和感も与えず『命ずる者として』騎士たちの中に溶け込んでいた。
◇
カバジェ団長から異母妹来訪後の状況を聞き、リラジェンマは酷く頭痛がするような眩暈がするような錯覚を覚えた。
(なにやってるの⁈ あの子はっ)
ウナグロッサ王国第二王女ベリンダ・ウーナは王宮の裏門から迎賓館に通された。
なぜ自分がこんな小さな門から入らねばならないのかと問い質した第二王女は、本日は大舞踏会が開催されており、正門はその送迎の馬車でごった返しているせいだと説明を受けて黙ったらしい。
迎賓館の客間に通されたあと、自分も舞踏会に出席したいから仕度を整えろとメイドに要求。
他国の姫とはいえ招待客ではない故、その要望には応えられない。舞踏会が終わってから王太子殿下と面会予定なので待って欲しい旨を伝え、メイドは部屋を後にした。
そのメイドが王女のためにお茶を用意し入室したところ、部屋はもぬけの殻であったと。
(状況的に自ら抜け出したとしか思えないけど。一応騎士団の見解を聞いてみようかしら)
「第二王女の行方不明をアナタたちは王女本人の自発的なそれと考えているのね? 誰かがあの子を攫った可能性もあるのでは?」
「御意。しかし、第二王女殿下の訪問は本日の夕方に緊急の鷹が飛んで知り得ました。王女殿下を攫う目的なら、ここまでの道中で為し得たことでしょう」
もっともな意見であった。緊急を知らせる鷹が飛ばされたとは知らなかったが、それほど急に来たのなら誘拐など外部犯によるものとは考えづらい。
「誘拐なんてそれなりの計画を立てないと出来ないもの。予定外に訪れた第二王女を誘拐するのに警備の整った王宮内では難しい、ということね」
「御意」
万が一、彼女を害しようと目論んでいた人間に付け狙われていたのなら、グランデヌエベの王宮に入る前、いくらでもチャンスがあったはずだ。
「あの子を亡き者にして、我が国に責任追及する……という可能性もあるけど、それをするならウナグロッサの反乱分子か、我が国とウナグロッサが敵対して喜ぶ第三国……よね」
「……御意」
あくまでもリラジェンマを推す旧女王派の旧臣たちの反逆という可能性はある。
グランデヌエベ国内にもウナグロッサ大使館はあり、現在の大使は旧女王派の人間だ。けれど本日の舞踏会にさきがけて面会した彼はリラジェンマがウィルフレードの妃になることに賛成していた。舞踏会でも夫人ともども挨拶を受けている。その彼が反乱行動を起こすとは思えない。
第三国の仕業を推測してみたが、情報が足りず推測の域を出ない。いま現在のグランデヌエベ王国が表立って敵対している国もない。ベリンダが急に来た事実を合わせれば、こちらの可能性は低いだろう。
「では、王女本人の意思で行方不明になったと思った根拠は?」
「今回の突然の第二王女訪問そのものが、我々を油断させリラジェンマ妃殿下を奪還する策謀ではなかろうかと推測しております。第二王女の行方不明もその陽動作戦の一部なのではと」
「わたくしの、奪還?」
そんなことはあり得ない。自分を追い出したのはウナグロッサの実父だし、ベリンダが国の命令に従うとも考えられない。それもリラジェンマを帰国させるためになど! リラジェンマから婚約者や王太女という地位を奪い取ったのは彼らなのだから。
だが、可能性としては低いがその懸念があるのも判らなくはない。
「それ、ウィルの発案ね?」
「御意」
(なるほど。ウナグロッサ国内でのわたくしの状態を知らないと、そういう判断になるのも当然ね)
「では第二王女に付き従ってきた騎士たちと、ウナグロッサ大使の動向を抑えるように。彼らが動かないのならわたくしの奪還など起こりようがないわ。そして念のため、わたくしの護衛騎士を2名ほど増やして。ウィルと違って腕に覚えがないから独りにならないと誓うわ。
それと、緊急事態だから王女の身に直接触れての保護を許すと通達して」
あり得ないとは思うが万が一、ウナグロッサの大使が人を雇ってリラジェンマ奪還を図るかもしれない。この警備が厳重な王宮に忍び込むだろうかとか、この結婚に賛成していたあの大使が今更リラジェンマを奪還? という疑問はあるが、万が一、だ。
どちらにしても戦う術のないリラジェンマにとっては護衛を増やすことで対応するしかない。
リラジェンマの提案を聞いたカバジェ団長の男らしい瞳がきらりと光ったように感じた。
「御意」
なんだか酷く納得したような安堵したような心持ちで自分を見るカバジェ団長に、リラジェンマは内心首を傾げる。
「あとは……そうね。第二王女の捜索は建物の中と近辺だけ? 庭園は?」
リラジェンマの問いが意外だったのか、カバジェ団長は目をしばたたかせた。
「……確かに、建物の中だけを捜索しておりましたが……すでに真夜中です。この暗闇の中、灯りの無い庭園に若い女性が入るでしょうか」
カバジェ団長の疑問はもっともだ。若い貴族女性が真夜中に暗闇の庭園へ入るなど考えられない。
だが。
なにか目的があれば、違うだろう。
「あの子は舞踏会出席を希望していたと言ったじゃない。庭に出た方が会場から流れる音楽が聞き取れるだろうし、遠目にも会場の灯りが見えるはず。庭から会場に向かおうとして迷子になった可能性が高いわ」
特にベリンダは、自分がしたいと思ったことを禁止されるのを嫌う。なにがなんでも我を通そうとするはずだ。
普通の令嬢なら恐れる暗闇の庭も、彼女にしたら障壁にならないだろう。
(そもそも、“普通の令嬢”なら『こうしてください』と頼まれたらそれに従うはずですけどね! 王太子と面会する時間があると知らされていながら抜け出すなんて、非常識にもほどがあるわ)
決まりごとやルール、マナーを強制されること。自分の意思を遮られること。ベリンダはそれらを酷く嫌がっていた。
「――なるほど。おい。作戦変更『キツネ狩り』だ。『巣穴は舞踏会会場』。捜索に当たっている人間に通達」
カバジェ団長は側に控えた従者にそう告げた。
(庭園捜索の作戦名が『キツネ狩り』、ですか)
もともと『キツネ』はグランデヌエベ国民を揶揄するときに使われる単語であると思うと、なかなか感慨深い。もっとも今回捜索対象なのはウナグロッサの王女だからキツネといったら語弊があるのでは? とリラジェンマは考えた。
「妃殿下。いかがなさいましたか?」
じっとカバジェ団長を見つめていたら、疑問に思ったらしい。彼に顔を覗きこまれたリラジェンマは肩を竦めて応えた。
「いえ別に。ただ、作戦名は『タヌキ狩り』ではと、思っただけよ」
『タヌキ』はウナグロッサ国民を揶揄するときに使われる単語である。
彼女の応えにカバジェ団長は相好を崩した。真面目だと思っていた王太子妃の返しが気に入ったらしい。
(“巣穴”は捜索対象者が目指している地点、ということかしら。ここの騎士団は詩的センスがあるわ……というか、以前にも庭園捜索をした過去がある、と考えるのが妥当かしら)
ウィルフレード王太子が少年時代、弟を引き連れて進入禁止区域にまで入り込んで捜索隊が出された、なんて過去があったのかもしれない。
(公式文書にイタズラ書きするようなやんちゃ坊主だったようだし、ありえるわね。あとで王妃陛下にお聞きしてみましょう)
◇
カバジェ団長の元へ、次々と情報が集まり始めた。
ベリンダ王女の随行人の騎士(わずか3名だと聞いてリラジェンマは驚いた)は、だれもが従者控室で大人しくしていたらしい。王女不在を聞き、慌てふためいていたとのこと。捜索に加わりたいという申し出をリラジェンマの名において退けた。
ウナグロッサ大使は本日の舞踏会に夫人とともに参加していたが、すでに大使館に帰館したあとだった。こちらもリラジェンマの名を出し、大使館からの外出を禁じた。
(どちらも、わたくしの奪還とやらのために動き出したと思われたら面倒だもの。下手に動いて妙な嫌疑を掛けられたくないわ)
そしてバラデスを伴ったウィルフレードが、近衛騎士団に合流した。
「あら。ウィルフレード殿下。いままでどちらに?」
あなたがいないせいで指揮系統が混乱しかけましたよ、という思いを込めてウィルフレードを睨むと、
「ごめん。迎賓館の隠し部屋から目標を観察しようとしてた」
と、ウィルフレードはあっさり頭を下げた。彼の背後でバスコ・バラデスも頭を下げている。
聞けば、ベリンダに宛がわれた部屋は隠し部屋からこっそり覗ける場所だったようだ。
ウィルフレードとバラデスはその部屋から対象人物を監視しようとしたが、既にベリンダ本人はこっそりと部屋を出ていたようで、すっかり入れ違いになったらしい。だが暫くそれに気がつかず(さすがに洗面所を使っていたら覗くわけにはいかないと)無人の部屋を横目に待ちぼうけを喰らわされていたらしい。
「わたくし、先にあの子と会いたいと申し上げていましたよね?」
「……うん」
腰に手を当て、淡々と追求するリラジェンマの前でウィルフレードは項垂れる。
この光景を目にした誰もが叱られている子どものようだと、考えた。
「わたくしを伴っていれば、あの子の行動など幾分早く推測できたでしょうね。ウィルがぼんやり待ちぼうけを喰らわされた無駄な時間が減りましてよ?」
「……メンボクナイ……」
声を荒げるでもない淡々としたリラジェンマの問いかけは、ウィルフレードの肩をますます落とさせる。
そんなふたりの様子を見かねたのか、バラデスが口を挟んだ。
「庭園捜索の陣頭指揮を王太子妃殿下がなさったと伺いましたよ!」
項垂れる主を救う目的もあるだろうそれは、妙に明るい口調で。
「いいえ、わたくしは」
「左様でございます。妃殿下のご慧眼、感服仕りました」
『提案しただけ』と続けたかった言葉は、カバジェ団長のはっきりした声にかき消された。
彼が続けてリラジェンマを賞賛しそうだったので、手を上げてそれを遮る。リラジェンマはベリンダ本人の行動パターンをこの国のだれよりも知っていたに過ぎない。手柄などではないのだ。
お陰で(?)ウィルフレードの独断専行を追求する手が緩んでしまったのは否めない。
「さすがはリラジェンマ妃殿下です!」
「バラデス。わたくし……足が、痛いわ」
「え゛」
揉み手しそうなバラデスのお追従を止めさせようと発した言葉は、彼を黙らせることに成功した。
が、逆にウィルフレードを発奮させた。
「リラ! なぜ立っている! 誰かすぐに椅子をっ!」
そして、あっという間に座り心地のいい椅子が近衛騎士団長室に持ち込まれ、そこに座ったウィルフレードの膝の上に座らされるリラジェンマがいた。
(どうしてこうなったのかしら)
妙に機嫌のいいウィルフレードと、温かい眼差しで王太子夫妻を見守る騎士たち。そして現状に内心おどおどするがそれを外面に見せないリラジェンマ。
彼らのもとへ、ウナグロッサ王国第二王女発見の報告が入ったのは数分後である。
(こぼれ話)
作戦名「キツネ狩り」を庭園捜索する際に用いたのは(この時点から)14年まえ。
主に捜索されていたのは当時7歳のベネディクト第二王子殿下。
庭園の生垣の下をほふく前進で潜む7才の子どもの捜索はなかなか大変だった模様。『四苦八苦王子(省略形)』に、当時の様子がちょっとだけ記されています。




