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2.「金のキツネ」と呼べばいいって無理難題!

 

 ウィルフレードは本当にリラジェンマだけを馬車に乗せた。

 彼女が持ってきた荷物はもとより、彼女を慕い付き従った侍女2名もグランデヌエベ王国行きの一行に加えなかった。

 確かに、侍女らはリラジェンマには忠実であるが、ウィルフレードたちグランデヌエベ王国側にとっては間諜(スパイ)になりうる人間だ。追い返すのも道理だとリラジェンマは溜息とともに納得した。

 彼女たちとろくな挨拶もできなかったが、かえってその方が良かったかもしれない。


(別れの挨拶なんてしたら泣いてしまいそう。わたくしは開戦しないための人質とはいえ一国の王女。無様に泣いている姿など晒したくはないわ)


 だが、なぜ今なのだろうと疑問にも思う。

 ウナグロッサ王国とグランデヌエベ王国。

 両国は建国もほぼ同時期で長い歴史を誇るが、いままで友好国としてともに手を携えてきたというのに。


「大丈夫。佑霊(ゆれい)の怒りに触れたりはしないから」


 馬車内の対面にはウィルフレード王太子が座っている。彼が優しい声でリラジェンマに話しかけた。


「ゆれい?」


「ウナグロッサではそう言わないのかな。うーん……人は死ぬと精霊になるだろ? その中で護国に寄与する存在?」


「あぁ……わたくしたちはそれを『始祖霊』と呼びます」


「なるほど。『ところ変われば、呼び名 ()わる』だね」


(ところ変われば(しな)変わる、ではないのかしら)


 隣国に位置し使っている言語もほぼ同じとはいえ、やはり色々違うようだ。


「心配していただろう? 王族が国境を越えていいのかって」


 確かに、それは危惧していた。もう始祖霊の加護は無くなるだろうと。だがリラジェンマのその不安は恐らく他国の人間には理解されないものだと思っていた。


「それが解っていながら、わたくしを人質として指名した真意をお聞きしても?」


「人質? いいや、私が望んだのは『花嫁』だよ。は・な・よ・め!」


「はぁ?」


 怪訝な顔をするリラジェンマに、ウィルフレード王太子はにっこりと笑った。妙に温かく人懐っこい笑顔である。


「ま、いいや。その話は()()()()ね」


 そうニッコリ笑顔とともに言うと、クッションをポンポンと叩き形を整え、それを枕にゴロリと横になった。


「私は疲れちゃったから寝るねぇ。君も適当に休みなよぉ」


「は? てきとう?」


 マントの襟につけられたふわふわのファーに、顔下半分を埋もれさせ早々に寝息をたてる姿に、リラジェンマは果てしなく当惑した。


(この人、我が国に宣戦布告しに来たのでは? 人質を前にして寝る? わたくしが女だからと侮っているの? 寝首を搔かれるとか考えないの?)


 大器なのか大うつけなのか。


(どちらにしても『大物(おおもの)』だわ。わたくしのいままでの常識に居なかった人間なのは間違いない)


 リラジェンマに彼を害する気も能力もないのは確かだが、ここまで無防備に初対面の人間の前で寝るなんて。

 狐につままれたような気持ちとはこのことかと思ったあとで、そういえばグランデヌエベの人間の悪口をいうときは『あのキツネめ』という揶揄(やゆ)があったなと思い出した。


(彼は……金色キツネさんだわね)


 ウィルフレード王太子の金髪がキツネのみごとな毛並みに見えて、ちょっとだけ笑ってしまったリラジェンマだった。



 ◇



 国境を越えたとき、外の景色を見ずとも加護から外れたのを体感した。いままで当たり前のように感じていた『始祖霊』と呼ばれる精霊の存在。

 その正体は、ウーナ王家の先祖の霊だと母から聞いた。ウーナ王家の人間は生きている間はウナグロッサ王国を統治し、亡くなったあとは精霊となって子孫を守る。

 ウナグロッサ王都にある王宮には、建国当時の初代王によって厳重な守りの陣が敷かれたと歴史で習った。王国建国前の帝国時代に使われた魔法(今は廃れた)の名残りだというそれは、そこに居る限りウーナ王家の人間は病に罹ったりしないし、怪我も早期に治るのだとか。

 そしてそこで働く人間は、主君に二心(ふたごころ)を抱かなくなるのだとか。


 ウーナ王家の人間は例外なくなんらかの特殊能力持ちである。

 リラジェンマの『相手の本質や悪意が視える瞳』がそれだ。実母である前女王から受け継いだ。もっとも、前女王の方がその力の範囲は強かったようだが。

 これからはどうなるのだろう。


(正式にウーナの血を引く人間はわたくしだけだもの。そのわたくしを追い出してどうなるのか見物(みもの)ではあるわね)


 前女王であった母はリラジェンマしか産まなかった。

 父はウーナ王家ゆかりの公爵家出身だったが、分家からの養子で血統的にいえば、王家の血はいっさい引いていない。その父と愛妾との間に生まれた異母妹。当然、彼女はウーナ王家の血を一滴も引いていない。

 だがいままでの経緯を考えれば、父は異母妹を新たな王太女にし彼女に王位を継承させるはずだ。


 代々ウーナ王家を守護してきた始祖霊。

 彼らに守護されるウナグロッサの王宮に、ウーナ王家の血を引く人間がいなくなったらどうなるのだろう。

 ウナグロッサ王国有史以来初めての状況に、どうなるのか皆目見当(かいもくけんとう)もつかなかった。



 ◇



 強行軍だった。

 馬だけ何度も交代して一昼夜走りどおしだった。


(軍隊といっしょに移動するってこういうこと⁈ それにしても急ぎすぎじゃないのっ⁈)


 ふだん王宮から出ることも少ないリラジェンマにとって、揺れる馬車内で一夜を明かしたのは苦行に等しかった。ウィルフレード王太子を見習って横にはなったが、到底眠れるわけが無い。

 ……寝ていないはずなのに、ウィルフレード王太子の赤いマントがいつの間にか自分にかけられていた。

 自分がいつ寝たのか、いつマントが掛けられたのか。どちらも気がつかなかった。リラジェンマは頬を染めながら、寝ているウィルフレード王太子にそっとマントを掛け直した。

 借りたものを返すだけだからと、心の中で言い訳しながら。

 



「あぁ、着いたね」


 馬車の中で寝穢(いぎたな)く寝ていたウィルフレード王太子は、グランデヌエベの王宮を前にしてあっさり起きあがった。それと前後して馬車がゆっくりと止まる。

 誰に声をかけられた訳でもないのにと、リラジェンマは不思議に思う。そうしてやや呆然と彼を眺めていれば、寝起きのウィルフレード王太子と目が合った。

 とたんに、にっこりと微笑むと切れ長の一重が細くなり本当にキツネを連想させる。


「おはよう、リラジェンマ。リラと呼んでもいい? というか呼ぶね」


「……」


(……このキツネがっ!)


 決定事項なら了解を求めるなと言いたかったが、言っても無駄なような気がして黙った。


「僕のことはねぇ、うーん、なんて呼んで貰おうかなぁ」


(ん? いままで自分のことを『ぼく』と言っていたかしら?)


 たしか、公文書で使うように『私』と言っていたような記憶があるリラジェンマは困惑した。その隙を突いたのか、ウィルフレードは事も無げに提案する。


「――うん、オーロヴォルペ、でいいよ。ぜひ、そう呼んでくれたまえ!」


 目が点になって思わず動きが止まった。

 (オーロ)(ヴォルペ)


(わたくしが『金色キツネさん』だと思ったのがバレた?)


 なんという提案をするのだ、この王太子は!

 彼女の考えが読まれていたかもしれないという危惧はもとより、『キツネ』はグランデヌエベ王国の人間を揶揄(やゆ)する時に使うことばだ。グランデヌエベ国内で、そのあだ名で王太子を呼べるような強心臓はあいにく持ち合わせていない。

 ……心の中でこっそり呼ぶならいざ知らず。


「いいえ、王太子殿下。ぜひっお名前を呼ばせてくださいませっ」


 笑顔が引き攣る、と思いつつ提案すれば、


「えぇー? あだ名も可愛くてよくない?」


 などとウィルフレード王太子は応える。とても邪気は視えない良い笑顔で。


「いいえ! こどもならいざ知らず、この年であだ名など呼びませんでしょう? ぜひっ是が非ともっお名前を呼ばせてくださいませっ」


 力拳(ちからこぶし)を作りながら言い募れば、ウィルフレード王太子はアハハと白い歯を見せて笑った。


「しょうがないなぁ。そこまで言うのならこれからは『ウィル』と呼んでね」


 次の提案はいきなり愛称である。点になった目が零れ落ちたかと思った。


(また高い基準値を設定してきたわね! この人はっ)


 ほぼ初対面で、どういった人間かもわからない相手の名前呼びを飛び越え愛称で呼べるほど、リラジェンマの(つら)の皮は厚くないのだ。

 しかも相手は自分を人質として連れてきた男だ。

 ……本人は人質ではなく花嫁、などと言っていたが。


「――ウィルフレード、さま」

「ウィル」


 しぶしぶ名を呼べば即座に訂正される。敬称は不要らしい。


「……ウィル、フレード」

「うぃーる」


 がんばって名前で呼んでみれば、愛称を繰り返される。あくまでも譲る気はないらしい。とても期待に満ち満ちた顔で彼女が自分の愛称を口にするのを待っている。


(……この人、ずいぶんと子どもっぽくないっ?)


「…………うぃる」


 逡巡の末、やっとそう口にすると、ウィルフレードは太陽を連想させる笑顔を見せた。


「うん! さぁ、おいでリラ! これから案内する国はキミの国にもなるんだからね!」


 そう言って有無を言わさずリラジェンマの手を取って馬車から降りた。

 ウィルフレードに手を引かれるまま馬車から降り立ったリラジェンマは、不思議な感覚を覚えた。

 ふわり、と浮いたような。

 温かい何かに包まれたような。


(この感覚……)


 既に懐かしい母国ウナグロッサの王城にいるような。


(この国の始祖霊に受け入れられた、ということかしら)


 戸惑いながら傍らのウィルフレードを見上げれば、彼は優しい瞳でリラジェンマを見つめていた。




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