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15.妻バカの第二王子とセレーネ妃。その頃の母国のようす

 

 リラジェンマがグランデヌエベ王国に来てから早くも二ヶ月が経とうとしている。すっかり王太子宮での生活に慣れた。

 宮に勤める使用人たちは皆有能で、なおかつ心根の優しい人間ばかりで居心地がいい。

 国王陛下肝煎りで夫婦の部屋が即急に整えられた。とはいえ、結婚式を終えるまで夫婦共用寝室の使用は禁じられている。(ちなみに、禁じたのは王妃。『結婚式用のお衣装のサイズ変更は許しませんからね!』とのこと)


 王妃陛下の「娘好き好き祭り」もやっと落ち着いた(?)ようで、最近の訪問は五日前だ。とはいえ、自分でデザインしてリフォームしたネックレスやらドレスやらが出来上がるたびに訪れては、リラジェンマを着せ替え人形にして楽しんでいる。


 懸念していた弟殿下夫妻にも会った。ベネディクト第二王子殿下は第十五代国王の若かりし頃に生き写しで、あの肖像画から抜け出してきたのかと見紛うばかりで驚愕した。


「これはまた、随分可愛らしい義姉上だ。よろしくね」


 最初は(いぶか)し気な表情であったベネディクト王子殿下は、リラジェンマと挨拶を交わすと年下の義姉に対して親し気な視線を寄越した。彼もまた、一目見た直感でリラジェンマを認めたらしい。


(ヌエベ家の直感ってなかなか怖いわね。認められなかったらどうなるやら)


 肖像画の十五代国王に抱いた気難しそうだという印象と違い、ベネディクト王子本人は気さくな人柄だったのでホッとした。


(でも相変わらず『弟に似た可愛い女の子』という定義は理解できないわ)


 ベネディクト王子から受けた印象は『怜悧(れいり)』『有能』『妻バカ』『子煩悩』『家族好き』

 彼に似た男の子なら、さぞかし苦み走ったハンサムさんになるだろうと容易に想像がつく。逆に彼に似た女の子だと……。


(ベネディクト殿下の女装をイメージするからややこしいことになるのだわ。もっと線を細くして眉間の皺を消して……)


 キリっとした美少女剣士のイメージが浮かんだ。どうしても『凛々しく』なってしまい『可愛い』という単語から遠ざかる気がする。

 悩み過ぎて、いまやその言葉の意味さえ怪しくなってる。お陰で(?)自分が可愛いという形容詞で褒められても平常心のままである。


 昨年生まれたというベネディクト王子とその妃セレーネの息子は1歳になるルイ殿下。瞳は彼の父や伯父、祖父と同じ黄水晶(シトリン)で、髪の色は母に似た優しいミルクティー色。顔の造作はその大きな二重の垂れ目が母であるセレーネ妃にそっくりである。

 リラジェンマにとって見慣れない赤子は異次元の存在であり、初めは警戒して見守っていた(泣かれたりしないか、急に壊れたりしないか、不安だったのである)のだが次第に慣れ、今や彼の愛らしさに心奪われている。

 とはいえ、この可愛らしさはセレーネ妃に似ているからだろうなぁと思えば思うほど、ウィルフレードの言った『弟に似た可愛い女の子』という定義に困惑は続くばかりだ。




 とある暖かい日の昼下がり。リラジェンマは第二王子妃セレーネに招かれ、彼女主催のお茶会に出席した。

 セレーネ妃は結婚まえ彼女の母校で臨時の教鞭をとっていたとかで、この日のお茶会の参加者は当時の彼女の教え子だという。みなグランデヌエベ王国の貴族夫人で、社交界に花を添える才媛ばかりである。

 働く必要などないであろう侯爵令嬢が教鞭をとっていたのかと驚いたが、なんてことはない。

 聞けば、セレーネを溺愛する王子が先に卒業した彼女(セレーネ妃は一つ年上)を側に置くための苦肉の策だという。


 貴婦人たちが口々に語る思い出話によると。

 セレーネの講義がある日は必ず王子が部屋の片隅で講義が終わるのを待っていたとか。

 王子がそれはそれは優しい瞳でセレーネを見つめていただとか。

 ベネディクト王子から受けた印象とさほど変わらないその寵愛ぶりは、話を聞くだけで満腹になりそうだ。


(あの『妻バカ』ぶりは結婚まえから周知だったのね。納得だわ)


 それでも真面目に職務を果たしたセレーネ妃の人柄に惹かれ、彼女から受けた教えを忠実に守っているのだと話すさまは(はた)から見ても微笑ましかった。


「あの、セレーネさま。そちらが噂の……」


 興味津々といった体で向けられた視線に敵意は無かった。


「あら。どのような噂をお耳に入れましたの?」


 おっとりとした笑顔のセレーネ妃が問えば、


「王太子殿下が自ら略奪してきた花嫁だと評判なんです!」


 という力強い応えが返ってきた。


(……『略奪』? うーん……間違いとは言い切れないわね)


 内心首を傾げるリラジェンマであったが、王太子が一軍を率いて他国に乗り込みウナグロッサの王女を連れ帰ったのは間違いない。


「ウナグロッサ王国からいらしたと伺いましたが、本当ですの?」


 どうやら今日のお茶会にリラジェンマが出席するという前情報は、彼女たちの好奇心をいたく刺激したようで。

 みな悪意はないが興味津々で瞳がキラキラと輝いている。


「次の王家主催の舞踏会が正式お披露目になりますわ。みなさま。リラさまのお力になってくださいね」


 セレーネ妃が優しくかつ有無を言わさぬ態度で微笑めば、その場にいた全員が『お任せくださいませ』と低頭した。


「仲良くしてくださいね」


 と微笑みながら、リラジェンマはさすがセレーネ妃と内心舌を巻いた。


(今日のわたくし、正式に名前も名乗っていないのだけど。セレーネさまが『リラさま』と呼ぶから皆もそれに(なら)っているだけで。わたくしがウナグロッサの第一王女だって、皆知っているのかしらね)



「結婚式では王太子殿下からセカンドネームを頂けるのでしょう? どんなお名前を頂けるのか楽しみですねぇ」


 無邪気にリラジェンマに語り掛けたお茶会の出席者は、たしか伯爵家に嫁いだという若い夫人であった。


「せかんどねーむ?」


 リラジェンマにとってはまた耳新しい単語だ。そのまま隣に座るセレーネ妃に聞き返す。


「えぇ、リラさま。わたくしは夫からアレグリーア(喜び)という名を賜りましたわ」


 はんなりと頬を染め答えたセレーネ妃は、愛される喜びに内側から光り輝いているようだ。


(セレーネさまの正式名はたしか『セレーネ・アレグリーア・ヌエベ』だったわね。なるほど?)


 新たに嫁入りする女性に夫から彼女に相応しい名を授ける。

 どうやらヌエベ王家独特の作法らしい。


(ウーナはどうだったのかしら。……お父さまにもセカンドネーム? らしきものはあったけど……たしか意味は……『繋げる』)


 王統を繋げる者。どうやらウーナ王家にとっての彼は種馬以上の価値を最初から見出していなかったのかもしれない。


(王家の秘密も教えられていなかったし。そう思えばあの人も憐れね)


 リラジェンマが母国の父を思い出している間に、お茶会の卓上では違う話題が場を賑やかしていた。


「ウナグロッサといえば、あれですわね。なんでも最近は悪天候続きらしくて。風光明媚な場所が多いから観光にでもと思っていましたが、どうやら無理そうですわ」


「悪天候?」


 リラジェンマには初耳の母国情報であった。


「えぇ。出入りの商人からの情報ですけれど、確かですわ。雨が続いて大変なのですって」


「わたくしも耳にしましたわ。ウナグロッサから産出される宝石、わたくし好んでおりましたが今年は入手が困難だとか……鉱山に立ち入ることも難しいそうですわ」


「我が国ではさほど天候の変化は感じませんのにね」


「こちらに悪影響がなければいいのですけど」


 雨続き。

 山にも入れない。


(こんな時、お母さまはよく無理を押して大神殿に赴いていたわ。精霊や始祖霊に祈りを捧げると言って……)


 ちゃんと父は大神殿に行っているのだろうか。

 始祖霊たちに祈りを捧げているのだろうか。


 とはいえ、母は護衛だけを連れて大神殿へ向かっていた。決して父やリラジェンマを帯同させなかった。


(わたくしにもいずれ儀式の仕方を教えてくださると仰っていたけど……)


 公務はだいたい引き継いだが、始祖霊を祀る方法は聞いていなかった。それらを伝授される前に母は事故死したから。

 リラジェンマが知らないものを、あの父が知っているとは思えない。

 ちゃんと始祖霊を祀れないせいで長雨が続いているのではなかろうか。


この国(グランデヌエベ)から祈りを捧げて、ウナグロッサに届かないかしら)


 あの国で父や異母妹がどうなろうと、リラジェンマには関係ない。だが無辜の民は違う。ウナグロッサはただでさえ食物の国内自給率が低い。長雨が続けばその少ない作物も育たないだろう。

 心配であった。


(ウィルに相談してみましょう)



 ◇



 ウナグロッサの上層部は焦っていた。

 リラジェンマ王女が身を(てい)してグランデヌエベ王国へ嫁いでくれたお陰で戦争は免れたが、それ以来天候不順だ。

 この長雨はその一の姫がいないせいだと民たちはまことしやかに噂している。


 金遣いは荒いが有能な宰相が突然(くび)になったせいで政務に支障が出ている。

 リラジェンマ王女が居なくなったあと、王太女親衛隊は除隊者が続出した。今では殆ど機能していない。

 作物の生育が芳しくない。

 長雨のせいで鉱山に入れない。外貨を稼ぐ唯一の手段だといってもいいのに。

 長雨のせいで観光客も激減した。

 長雨のせいで体調が悪いとベリンダ王女がご機嫌斜めだ。


 特にこの王女の存在がやっかいだった。


 リラジェンマ王女と違い、公務の一切をしたことのない甘やかされた姫だ。彼女に異母姉姫がしてきた公務の半分でも熟すことが出来れば、我々の気苦労も半分に減るのに!


「先代女王が大神殿で祈りを捧げたら、長雨などすぐに収まったな」


「日照りもすぐに収まった」


「女王陛下がご存命だったときは、我らはこんなに苦労していなかったのに」


「あの当時働いていた人間が今いないから……」


「だが一の姫さまがいらしたから、なんとかなっていたんだ……」


「一の姫さまがいらした頃は、こんなに苦労していなかったのに……」


 たったの二ヶ月。

 ひとりの王女殿下の不在から状況が一変してしまった。


 上層部の不満は、このような状況を生み出した国王代理へ集中することとなる。




(こぼれ話)

いまさら語るまでもないかもしれませんが、この15話に出て来るベネディクト王子殿下とセレーネ妃は拙作『王子殿下がその婚約破棄を裁定しますが、ご自分の恋模様には四苦八苦しているようです』に出て来る彼らです。私的には『四苦八苦王子』と呼んでいますww

そちらではセレーネ妃のお勤め状況がちょろっと描かれております。<(_ _)>

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