13.ウナグロッサ王国、国王代理の野望
国王代理フィオリーノ・コンネッテルシィ・ウーナside
リラジェンマの実父です。
ウナグロッサの王宮で、国王代理であるフィオリーノ・コンネッテルシィ・ウーナは頭を抱えていた。
彼は長い時間をかけて彼自身の野望を叶えようとしてきた。その野望達成が目前に迫ってきている。
なのにここに来て、色々と障害が出始めた。
フィオリーノの生家は国内有数の公爵家の遠縁とはいえ、破産寸前の伯爵家で、そのうえ彼自身は三男だった。当主の座は長男のものだから、いずれ己の才覚のみで立たねばならぬと勉学に励み国の官僚を目指していた。その勤勉さと優秀な頭脳が当時の宰相閣下の目に止まり、隣国に留学を支援されるほど期待された。
留学から帰国後は先々代の国王陛下にその優秀さを認められ、世継ぎ姫の婚約者に、ゆくゆくは王配になるよう提案されたとき、彼の野望は半ば叶えられた。
遠縁である公爵家の養子となり王女殿下の伴侶になった。しがない伯爵家に生まれた身には信じられない幸運だ。
これからは国のため、世継ぎの王女殿下のために立派な王配となり国を繁栄させていこう。
そう心に決めた。
王女と婚姻し、順風満帆な人生を送っていると自負していたある日、ひとりの女性と再会してしまった。
隣国に留学していたときの男子学生たちの女神、輝く金髪も麗しい憧れのレベッカ・アマディ。学生時代は彼女に恋焦がれたが付き合うには大金が絶対必需であった。
国の奨学金を使う留学生の身には不釣り合いだと己を律し、その恋は封印したのだが。
あの時の女神が変わらぬ姿でウナグロッサにいたのだ。
忘れていた初恋が蘇った。
あの時諦めたのは、彼が破産寸前のしがない伯爵家の三男坊であったからだ。だが再会した現在は王族として裕福に暮らしている。彼女に手を差し伸べた。憧れのレベッカは彼に微笑み返してくれた。
身も心も彼女に溺れた。
レベッカと出会ったとき、妻である王女殿下が懐妊したあとだった。
こっそりとレベッカのための家を用意し、公務の合間を縫うように通い一年は経ったある日、レベッカは彼女によく似たうつくしい赤ん坊を生んだ。瞳の色がフィオリーノと同じ明るい青だったので、自分の娘だと確信した。そしてこの赤子を憐れんだ。
こんなにうつくしく生まれついたのに、日陰の身として育たねばならないのかと。
自分のもうひとりの娘は国王陛下の庇護の元、未来の女王になるよう大切に育てられている。王宮で多くの使用人たちに傅かれ、全国土に生誕のお触れが発布され国民全員に祝われる存在だというのに。
この憐れな娘ベリンダに明るい日の下を堂々と歩ける立場を与えたい。
いつしか彼はそう願うようになった。
妻である女王陛下が大神殿からの帰り道、馬車の転落事故で命を失いフィオリーノが国王代理を名乗るようになった。
そのときから彼の計画は具体化した。
レベッカを妻として王宮にあげる。
ベリンダを彼の正式な娘として元老院に認めさせ、王女の地位を与える。
急かせる必要はなかった。ゆっくりと時間をかけて、しかし着実に目標は叶える。
元老院の爺どもはレベッカを王妃とするのに難色を示したが、彼女を愛妾として王宮にあげることには渋々ながらも了承した。それでいい。王家の一員として「ウーナ」を名乗らせられないが、レベッカを王宮にあげることが先決なのだ。どうせフィオリーノは他の女性を娶らない。だれかが女主人として王宮にいれば、立場的には王妃と同じだ。名より実だ。
そして同時にベリンダも王女として正式に認定させた。どちらかといえばこっちが本命だ。
最初に突き付ける要求は実現不可能なものにし、それを引っ込めるのだからと、代わりの次案を認めさせる。交渉の大原則だ。
フィオリーノにとって愛娘ベリンダに正式に「ウーナ」を名乗らせることこそが本当の要求だった。
その要求が認められたことは大きい。
そうなると次に狙うのは王位だった。
リラジェンマとベリンダ。どちらも自分の娘だ。どちらが王位を継いでもいいだろう。
国王代理となったフィオリーノは、口煩く意見してくる貴族どもを少しずつ懐柔し、或いは足を引っ張り、また或いは秘密裡に始末していった。
ウーナ王家の血筋が大切だと唱える古くからの重鎮は、弱みを握って脅した。弱みがなければ、その弱みを作らせた。金を握らせればこちらに靡く輩は扱いやすかった。
フィオリーノに逆らう使用人は不自然にならない程度に徐々に辞めさせた。ウーナ王家にではなく『自分に』忠誠を誓う者たちで周りを固めるよう画策した。
急いてはことを仕損じる。
ゆっくり時間をかけて、着実に目標に向かい事を為す。
優秀な彼にできないことなどないのだ。
ただひとつ、厄介だったのは彼のもう一人の娘であるリラジェンマの存在だった。彼女は生まれも外見も能力も、すべて非の打ちどころがなかった。
母親譲りのプラチナブロンドの髪と翠の瞳はウーナ王家の血を引く証。フィオリーノに似た童顔は愛らしく睫毛の長い大きな瞳が人目を惹く。
一度見聞きしたことは忘れないと家庭教師たちに大絶賛される頭脳も、おそらくフィオリーノに似たのだろう。
すでに王太女として叙任されている彼女の存在を無視するのは難しい。
まだまだ多くの使用人や元老院の重鎮たちが、彼女を次代の女王として大切に守っている。
リラジェンマが未成年のうちは国王代理であるフィオリーノに大義名分がある。リラジェンマ本人が彼の言に逆らえないだろうが、成人し王位を継ぐと主張したらどうしたらいいのだろう。
それになにより、彼女の翠の瞳に見つめられると、先代女王、亡くなった彼の前妻を思い出して気まずくなるのだ。
ウナグロッサ王国の国王は神の末裔だと、だれもが子どもの頃最初に習う。その証拠に国王に嘘は通用しないと。なんでもすべて見通す力を持つのだと。
あの翠の瞳はすべてを見通しそうで、フィオリーノは娘である第一王女を避けるようになった。
金を握らせ味方につけた宰相――昔フィオリーノの能力を見出し後見となった宰相の息子だ――に、合法的にリラジェンマから王太女の称号を剥奪する方法はないかと相談すれば、『国王宣誓書』の次代者の欄にベリンダ王女の名を書けばいいと助言された。
これは旧帝国時代から使われている魔法の書で、これがある限りウナグロッサ王国は安泰だし、他の元老院の人間も逆らえないだろうと宰相は言った。
そんな物の存在を知らなかったフィオリーノは、さっそく『国王宣誓書』を探させたがそれはどこにも見つからなかった。
いつのまにか月日は経ち、リラジェンマも19歳になってしまった。
多忙のため本人も忘れているようだが、婚約者との結婚を言い出す前にリラジェンマを薬で弱らせ自ら王位継承権を返上させればいいのでは? と考え始めたころ、隣国グランデヌエベの王太子から書状が届いた。
交通と流通の要の街は既にグランデヌエベ国の占領下であるとした宣戦布告のその書状には、リラジェンマを寄越すなら矛を収めると書き添えられていた。
フィオリーノは一も二もなくその書状に乗った。
目障りではあったが血を分けた我が子を苦しませたかった訳ではない。隣国でどのような目にあうのかは知らないが、ウナグロッサ王国は戦禍から逃れられる。しかもこの国の王位を継ぐ人間はベリンダだけになるのだ。良いことづくめだ。
リラジェンマを隣国へ送り出し安心したところへ、突然フィオリーノの執務室の机上に『国王宣誓書』が出現した。
驚愕はしたが、さすが魔法の書だ。
丁度いいとばかりに愛娘であるベリンダ・ウーナの名を署名しようとした。
だが、すでにその欄には女王の筆跡でリラジェンマの名が記されていた。
ならば書き直せばいい。
だが、リラジェンマ王太女の署名を削除しようとも、それが出来なかった。
塗りつぶしても、塗りつぶしたインクがいつの間にか消える。
署名された部分を削り取っても、いつの間にか復活する。
連名のようにベリンダの名を書いてもあっという間に消えてしまう。そこに残るのは相変わらず「リラジェンマ・ウーナ」という名のみ。
いっそ、宣誓書ごと燃やしてしまえと火にくべても、いつの間にか執務室の机に移動している。無傷のままで。
「これはいったい、どういうことなのだ⁈」
怒り心頭に発したフィオリーノは宰相を問い詰めた。彼の家は代々王家に仕えた元老院の重鎮で、フィオリーノも知らない宮廷での歴史に明るかった。
「我が国は建国以来、始祖霊の加護のもと成り立ってきました。その始祖霊が拒否しているのでしょう」
青い顔をした宰相が答えるが、フィオリーノにとってそんなことを聞いているのではない。
「始祖霊などいない! そんなものは迷信に過ぎんっ!」
「始祖霊は正当な跡継ぎであらせられる王太女リラジェンマ第一王女殿下でないと納得しないのです」
魔法の書と始祖霊が連動するなど初耳である。
いったいどういう理屈でこうなるのか。
先々代の国王に仕えていた者たちなら理屈が解ったかもしれないが、その彼らはとうに職を辞し王宮から去っている。
「国王宣誓書など、始めからなかったものとして次の王太女はベリンダだと告知し、御披露目の宴を催そう!」
フィオリーノの案に宰相は首を横に振り重々しく答えた。
「陛下……それは精霊たちに祟られますぞ?」
「……なに?」
「私が亡き父から聞いておりますのは『国王宣誓書がある限り国は続く』という話です。リラジェンマ殿下がこの国を離れたとたん出現した国王宣誓書は、私たちに問うているのですよ。正しい後継者を出せと。それが叶わなければ恐らくこの宣誓書は消えるのではないでしょうか。そしてこの国も滅ぶのです……」
蒼白な顔で語る宰相にはその場で頸を言い渡した。こんな迷信深い男だったとは思わなかった。
彼はあなたには付き合いきれないと言い残して宮殿を去った。
「最初に定められた王太子以外が王位を継いだ例はないのか?」
フィオリーノはイライラしながら過去の事例を調べさせた。
「ウナグロッサ五百年の歴史の中で二度、当時の王太子ではない人物が王位を継承した記録があります。王太子として指名された者が夭折したのです。そのどちらも当時の国王陛下の手により、新たな王太子が指名されております。記録によれば、国王自ら大神殿に赴き、始祖霊たちに祈りを捧げ先の王太子を廃太子にする旨ご報告して、はじめて新たな王太子を立てることが叶うのだとか」
王宮蔵書室に勤務する古参の役人は蔵書室の主とも呼ばれる老人で、彼は目の下に隈を作り疲れ切った顔で答えた。
「では余が神殿に行き祈りを捧げればいいのか」
勢い込んだフィオリーノの問いに老人は首を傾げる。
「それは……どうでしょう。この国王宣誓書に王配殿下は署名していませんから、始祖霊たちから『国王』だと認められるかわかりません」
「なんだと?」
いまさらフィオリーノを『王配殿下』などと呼ぶ輩がいるとは思わず、気色ばむ。
「それに、可能であったとしてもこの雨の中、大神殿まで行くのは危険です。せめて、この雨が止まねば……」
ウナグロッサの大神殿は国内随一の高さを誇る霊山の頂上にある。降り続く雨の中、登山など自殺行為だ。実際、前女王は大神殿からの帰り道に馬車の事故で亡くなっている。あの時も雨あがりの日だったと記憶している。
フィオリーノは窓の外を眺め、悔しそうな唸り声を溢した。
雨は第一王女が国を離れた翌日から降り続いている。




