第二部 第三章 3 ーー 現れる影 ーー
九十五話目。
これって、私たちが邪魔されてるの?
旅をしちゃいけないの?
3
空間に黒い狭間が生まれているように見えた。
それは布を引き裂いたみたいな傷にさえ見える。
その黒さに触れてしまえば、吸い込まれて体がねじれ、どこかに飛ばされてしまいそうな。
そんな禍々しい雰囲気が漂っていた。
そして、その狭間から飛び出したみたいに一人の影がゆっくりと現れ、ストンと床に降りた。
突如現れた黒マントは、両手を左右に大きく広げると、こちらを挑発するように頭を下げる。
挨拶のつもりか?
動くことができない。
恐怖が体を縛りつける。
「あんた、誰?」
警戒を緩めないままローズが口を開くと、黒マントはゆっくりとかぶりを振る。
「おい、おい。人に刃を向けておいて、誰かはないでしょう。まずは剣を収めてほしいね」
空気を振るわす声。
口調からさほど歳は行っていない男の声。
それでも、人を蔑む声は、肌にへばりつき、気持ちが悪い。
ローズとイシヅチと目配せをする。
わかっている。
言うことを利く必要はない。
二人とも意識を高ぶらせ、間合いを取っていく。
「どうだろ? その判断は最善ではないと思うよ。僕は」
右手が剣のグリップを握ろうとすると、黒マントが唐突に話し出す。
「不意を突こうとしても無駄だよ。どれだけ僕が隙を生んだとしても、君たちの攻撃ぐらいかわせるよ」
「ーーっ」
腰に手を当て、悠然と立つ黒マントから、異様な圧力が生まれた。
ジリジリと肌を刺す痛み、圧迫感からな息苦しさ。
怯えている。
「さぁ。武器を収めてくれないかな」
穏やかな口調が廊下に響き渡る。
敵意を漂わせないからこそ、肌が痛む。
二人とも敵意を失ってはおらず、一歩も退こうとしない。
だが、身構えていた体から力を抜く。
背を伸ばすと、手にしていた武器を収めた。
二人にならい、右手をグリップから放すけれど、鞘に触れる左手は放さなかった。
それでも黒マントを睨み続ける。
最低限の 抵抗として。
「ほう、感心、感心。それでいいんだよ」
こちらの態度を見届けると、黒マントは楽しむみたいに手を叩く。
「さぁ、教えて。あんたは何者?」
ふざける黒マントを牽制するローズ。
より声に刺をまとわせて。
ローズの問いに黒マントの手が止まる。
黒マントは大きなフードを覆っており、頭はまったく見えない。
けれど空気が震えたのか、笑ったのだと悟った。
「アイナ様の使い、とでも言えばいいかな」
「ーーー」
一気に息が詰まってしまう。咄嗟に鞘を握る手に力がこもる。
「ふ~ん。さすがにアイナ様のことは知っているようだね」
できる限り、平静を保っているつもりでいたのだけれど、黒マントには見透かされてしまっていた。
アイナ。
詳しくは知らないが、戦争に大きく関わっている重大な人物であると伝えられている。
「その使いがなんの用? 私らを殺しにでも来たの?」
「う~ん、どうだろ。それも面白いかもね。問題が解決するなら」
ふざけた変動でありながらも、最後の言葉に息が詰まる。
「ーーと、冗談、冗談。そんな物騒なことをするために来たわけじゃないさ」
黒マントは顔の横で手を振ってみせた。
「でも、警告ではあるけどね」
手の動きを止め、腰に下ろした黒マントの言葉が重みを増した。
「警告だと?」
「そうだよ。君たちが今、世界でやろうとしていることはなんだい? ただの武力制圧だろ?」
「僕らは昔からの意識を継いで無念を晴らそうとしているだけだ」
「敗北の無念をかい?」
イシヅチが反論するけれど、さらに黒マントが覆い被せ、黙らせる。
「本当に君たちは単純明快だね」
呆れた、と黒マントは大袈裟にかぶりを振り、体を左右に揺らした。
「まぁ、そこの金髪くんは多少、状況をわきまえているようだけど、根本的に間違っている」
黒マントが体の揺れを止めると、不意に俺を指差した。
「君たちが行っているのは、鎮圧でも統制でもなんでもない。時期を見計らって統制する? それは詭弁だ。結局は、力のある者の侵略でしかない。金髪くん、君は順序が違うだけで、そちらの二人と同じことを目的としているんだ。違うかい?」
……反論できない。
温厚に進め、できる限り争いを生まずに世界を統制することを俺は望んでいる。
ふと、ローズとイシヅチを眺めた。
最終的に行き着く場所は同じ……。
黒マントの言葉が胸を貫き、信念を切り裂かれていく。
「僕たちワタリドリは、争いをなくそうとしている。君たちとは違う。君たちはただ、争いの火種を蒔いているだけ。僕たちはそれらすべてをなくそうとしている」
「はぁ? 争いをなくす? それこそ、私には詭弁にしか聞こえないけれど」
力強く言う黒マントにローズが食らいつくと、黒マントも大きく頷き、
「だろうね。だからこそ、警告に来たんだよ僕は。早く君たちの身勝手な想いを消してほしいとね」
「こっちだって退くわけにはいかない。断ればどうなる?」
イシヅチが一歩前に出て突っかかる。もちろん、黒マントも退かない。
「僕たちワタリドリもアイナ様の思想を貫く。例え、君たちと衝突することになっても」
「アイナの思想ってのは?」
圧倒されていたけれど、ようやく俺も声が出た。
しかし、黒マントは答えない。
しかも、表情が見えないから、何を企んでいるのかも掴めない不気味さがあった。
「宣戦布告と言いたいわけ?」
ローズが口角を吊り上げる。
こんなときにこいつには黒マントを挑発する。
「どうだろ? それは君ら次第かな」
黒マントが動じることはない。
そんな卑屈になるなって。
ちゃんと話は進んでいるんだから。