第二部 第三章 2 ーー 口論の先に ーー
九十四話目。
なんだろ、私たちの興味が薄れてきたってことなの、これ?
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「どうしたの? 何か思い当たる節でもある?」
不安からうつむいていると、ローズが茶化してくる。
「いや、そういうわけではないが、リキルのような状況をいくつも起こしてしまえば、と考えると……」
「なんで?」
問題が迫っているというのに、ローズは楽しむみたいに口角を上げた。
どこかこの状況を楽しむみたいに。
「当然だろ。リキルと関係があれば、こちらも大見得切って動けなくなるだろ」
「そうかな?」
今後のことを考え悩んでいるのに、イシヅチは軽くあしらい、手を振っておどけた。
「僕は町を襲う口実ができたと思うんだけどね」
「なんだとっ」
平然と危ういことを言うイシヅチ。
つい身構えてしまい、眉間をひそめた。
すると、ローズは嬉しそうに目を細める。
「アカギ、あんた何を怯えてるの? イシちゃんの言う通り、こちらとしてはいい傾向だと思うけど。私も。なんて言ったって、バカな連中を黙らせることができるんだから」
耳を疑ってしまう。
二人してすでにこちらから刃を振るうつもりで、話を進めようとしている。
そんなことをしてしまえば、世界は今以上に混沌としてしまうことに気づいていないのか。
「アカギ、あんたは慎重すぎるのよ」
「だが、ここで大きな衝動起こすのは危険だと言っているんだ」
「確かにそれは正論よ。けどね、その正論を重んじたからこそ、私たちは苦渋を強いられてきたのよ」
「ーーそれは違うっ」
全くな話が噛み合わず、つい大声で怒鳴り、右腕を大きく横に振り払った。
渇いた廊下に、怒号が空しく轟く。
それでも、二人は動じることはない。
逆に俺のことを蔑んで見てくる。
何も言わない二人だけど、それは俺を責めているのは一目瞭然である。
でもここで負けるわけにもいかない。足に力が入る。
「今はそれどころじゃないだろ。そんなことより、大剣を探すことが先決なんじゃないのか?」
「あぁ、リナリアと、アネモネだっけ。あの裏切り者」
「そうだ。我々の秩序を守り、貫くためにはそれが重要な話だろう」
「そうかもね。あの大剣には、それだけの力があるって言われてるからな」
まだ話が通るだけの余地がありそうで安堵し、胸を撫で下ろした。
「ーーでもね」
よかった、と声をもらしそうとするのを無視し、
「私とイシちゃんはね、この先の時代のことを見据えて言っているのよ」
「先の時代?」
「そう。いずれ世界を牛耳るには、それなりの“力”が必要なのよ。“権力”という抽象的なものだけでなく、反乱を押し留めるだけの絶対的な“力”がね」
「力による領土を広げておく必要もな」
「だから、それが危険だと言っているんだ。“力”による抑制は、反動があったとき、抑えられなくなるぞ。だからこそ、その順序が大事なんだろ」
「そうだ。だから、“力”なんだよ。反抗を押し留めるだけの力が」
呆れるほど乱暴な考え方に嫌気が差してしまう。
「そもそも、あの盗賊姉妹の行方はわかっているの? それとも、なんの根拠もなくあんたは部下に世界を探らせるわけ? それに、私たちの我慢も限界に近いのよ。ずっと堪え忍んでいたんだから」
「だね。いずれ、僕らの方が爆発して、本来の目的が達成できなくなるよ」
二人して並び、得意げに胸を張る姿は、暴れたい衝動を堪えていた。
たかが外れれば、本当に暴れかねない。
「あの二人の行方はいくつか情報は入っている。最新の話じゃ、デネブで目撃したともな」
「だったら、早くーー」
「だから、順序ってやつが必ーー」
「どれも必要ないよ」
刹那。
腰に下げた剣の鞘に瞬時に手を当てた。
すでにイシヅミは剣を鞘から抜いて構え、ローズも両手を背中に回す。
否定した声は俺たち三人の誰でもない。
響いたのは得体の知れない声。
姿なく駆け巡ったのは、鋭い牙と爪を持った獣みたいな感触。
獣が静寂した廊下に現れたみたいに。
瞬間的な風が走り、その先に遅れて三人の視線が後を追う。
「……誰だ、お前……」
警戒からか、震える声が掠れた。
廊下の奥に現れた、黒マントに覆われた人影を見つけて。
「君たちの考えは両方間違っているよ」
まぁ、そう嘆くなって。
しばらく待っておこう。