第二部 第三章 1 ーー ローズにイシヅチ ーー
九十三話目。
私って勘が鋭いって思ってるけど、なんか今回はこれまでで一番胸騒ぎがする。
第二部
第三章
1
甲高い足音が廊下に反響する。
音が鳴るほどに、廊下の冷たさが足裏を伝わり、体が固くなっていく気がしてしまう。
問題が起きなければいいのだが。
得体の知れない寒気が背中に這い、不穏な予感がよぎってしまう。
窓の外に広がる街並みを眺め、穏やかな光景を嘲笑うように胸を締めつけている。
このまま静かに時が流れほしいなか、廊下の柱に凭れている者を捉える。
「久しぶりね、アカギ。元気だった?」
「嫌味は止めろ。気分が悪くなる」
会うたびに突っかかれていらば、こちらの身が保たないものだ。まったく……。
鋭い言葉のせいか、どうも見下してきたのは一人の女。
肌白さに映える蛇みたいであり、吊り上がった目に睨まれると、否応にも背中に寒さが走る。
横暴な態度で腕を組む姿のせいか、どこか萎縮させられる。
俺と大して背丈は変わらないのだが。
「ローズ。こいつには無駄だ。甘いことしか考えていないから」
まったく、どうしてこの二人が一緒にいるんだ。今日は厄日か何かか。
嫌味を言っていたのはローズ。
さらに俺を蔑んでくるのは、細身のローズの影から出て来た一人の男。
イシヅチ。
ボサボサの髪を激しく掻きながら、面倒そうに吐き捨てた。
見た目では子供みたいに幼いのだけれど、態度だけは……。
「ふん。お前らも仲がいいんだな。人を蔑んでいても、仲間意識は強いってことか」
腰のポケットに手を入れ、仰け反ると皮肉ってみた。
どうも、こいつらは苦手である……。
こいつらには平常心で向かい合うのは逆効果だろうから。
「こんなところで俺らが争っても意味がないだろ。早く奥に行かないのか」
ここで争うなも厄介なので、二人を無視して足を踏み込んだ。
すれ違い際、ローズが鼻で笑う。
「……カサギが死んだわ」
普段、廊下に響くのは甲高い音が鈍い音に変わる。
「ーーなんだって?」
看過できない言葉に眉をひそめる。
「今、なんて言った?」
「だから、カサギが死んだのよ」
ローズの口調に刺々しさが増した。
冗談のつもりはないだ。
ローズが組んでいた腕に力がこもり、めり込んでいるのが何よりの証拠である。
目つきも蛇から鷹みたいに黒くより険しくなる。
何より、カサギは俺の直属の部下。
なぜ、そこまで気がかりになるんだ。
「奴が? なんで?」
無視をしたいのだけれど、邪険にできず振り返る。
「おそらく殺されたんだろ」
「ーー殺された?」
横にいたイシヅチが回り込み、壁に凭れると、乱暴に吐き捨てた。
「見つけたのは僕の部下だった。アルテバの町の近くで倒れてた。仲間もろともね」
「いつのことだ?」
「かなり前だ。もう三十日は経っているだろう」
「アルテバって、あいつは確かリキルの辺りじゃなかったのか」
「えぇ。おそらくその後にでしょうね」
カサギ。
狡猾な奴で、どこか人を蔑むやつであり、部下でありながらも、どことなく避けている部分もあった。
性格に難があっても、簡単にやられる奴ではない。 実力のある人物であり、対等に立てる人物はさほどいない。
「面白いな。カサギを殺るほどの奴がいるなんて」
正直、驚きもあるが、本音としては少し安堵している自分がいる。
カサギは危険な人物であり、いつどこで問題を起こしてもおかしくなかった。
言葉は悪いが、危険因子がなくなったことに。
「あら、あまり動揺していないようね。どうして?」
「別にそんなことはない。ただ、あいつが探索していたであろう、リキルの残骸を目の当たりにしたら、いずれはこうなる可能性もないとは思えなかったからな」
懸念が胸に広がるなか、リキルの町で遭遇した三人の姿が脳裏に巡った。
そのなかの一人、啖呵を切っていた男の子のことが強く甦った。
まさか、彼が?
一瞬、そんな不安がよぎるけど、すぐに掻き消した。
そんなことはない。
そう信じたい。
出番がなかったからか?
うん。それはしばらく続きそうだな。




