第二部 第二章 11 ーー 怒り ーー
九十一話目。
私らって怒られる理由あるの?
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赤みがかった短い髪が風になびく。
前髪が視界を邪魔しようとしても気にせず、細い目を吊り上げ、何かを強く睨んでいた。
背はさほど大きくなく、男としては華奢な体をしており、強く押し倒せば、逆らえなさそうなのだけど、小さな顔から放たれる感情は、小さくなかった。
僕らを飛び越え、どこか憎しみを込めていて。
「ふざけたことを言うな」
「ふざけてなんかいないさ。俺はテンペストにタレスの町を襲ってほしいと願ってる。この忘街傷に来れば、何か手がかりがあると思って来ていたんだ」
声に緊張からの震えなどはなかった。淀みもなく、本心から言っていて、それでも足りないのか、膝の上で両手を強く握っている。
込み上げる憎しみを耐えるように。
「タレスって、そんなに危ない町なの?」
タレスはこれから向かう町。リナはそれを伏せて聞いた。
「いや、いたって平穏な町さ。争いなんかも無縁だろ、きっと」
「じゃぁ、なんで?」
「俺は町で行う祭りが嫌いなんだ。生け贄なんて捧げるのが」
ルモイの言葉がより鋭くなり、顔を背けて一方を睨んだ。
確かその方向にタレスはあるはず。
「……大切な人を奪われたのか?」
大概の予想はつく。
生け贄に対して恨みを抱いてしまうからには。
「わかるのか?」
「似た状況の町を見たことがあるからね」
真相を突かれ、目を丸くするルモイに答えた。
脳裏には、カブスの光景を巡らせながら。
「なら話は早い。そうだ。俺は大切な人を町に奪われた。勝手だよ。「町のため」だ、とか言って有無もなく奪うんだからな。その選出だって身勝手なもんだ。選ぶ連中の好みで選ぶんだからな」
「そうなのか?」
考えたこともなかった。
生け贄に選ぶならば、それなりの理由がありそうだけど、ルモイは憤慨する。
「俺の町は特別だ。町長に逆らった奴の家族なんかを中心に選んでやがる。媚びを売らない奴ほど、殺されるんだ。現に町長の親族は何年も選ばれていないからな」
「……酷いな。それに対して反抗する者はいないの?」
素直なことを聞くと、ルモイは渇いた笑みを浮かべる。
「するわけないだろ。みんな町長に媚びを売って被害を避けるだけだ」
考え方は町それぞれだろうけど、話を聞いて背中が寒くなる。
「それでテンペストを?」
僕の後ろで途切れそうな声でエリカが聞くと、ルモイは口を強く噛む。
「あぁ、そうだよ。そんなふざけた祭りで人を殺されるぐらいだったら、テンペストに襲われて消えた方がマシだって思ったんだよ」
ルモイの声に力が入った。
それは憎しみに満ちており、吐き捨てた声は刺々しい。
怒りや苦しみはわからなくもない。
だからこそーー
「バカバカしい」
これまで黙っていたリナが乱暴に荒げ、すっと立ち上がり、怒りを滲ますルモイを睨み蔑んだ。
「ーーで、あんたは逃げたってことでしょ?」
「はぁっ? なんだってっ」
気が高ぶっているルモイに油を注ぐように、リナはさらに語句を強める。
「それ以上、挑発するなって」
「だって、そうでしょ。町の方針にはそりゃ同情するわ。けど、あんたはそれに抗うことはしないで逃げたんでしょ。それで最終的にテンペストを望んでる。何それ? 変な神頼みってこと?」
ヤバい……。
頭痛が起こりそうで頭を抱えてしまう。
それ以上挑発すれば、ルモイが爆発しかねない。
「リナ、それ以上はーー」
「お前に何がわかるって言うんだっ。誰も反抗できないからーー」
「だから、バカだって言ってんの。祭りのやり方については私だってムカつくわよ。けどね、それに立ち向かおうとしないあんたの弱腰もムカつくのよ。テンペストに襲われるのを望むほどの覚悟があるって言うなら、抗うだけの強気を見せなさいよ。情けないっ」
怒りを爆発させ、立ち上がるルモイに、真っ向から向き合い、捲し立てるリナ。しかも、最後に鼻で笑い。
ルモイはぐうの音も出ず、苦虫を噛むように唇を噛む。
「ーーリナッ」
容赦ないリナを制すと、フンッと鼻を鳴らして顔を背けた。
ダメだ。頭が痛い。
「……死んだ人…… わかってるさ。その人らが報われないのは……」
それまで強がっていたルモイは、急に力なく崩れて腰を下ろすと、頭を抱えた。
「何かあるのか?」
「確かに生け贄にされた人は報われないさ。その人らがどうなっているかわかるか?」
「そりゃ、手厚く葬られてるんだろ?」
「まさか、その逆さ。町を守るために死んだのに、町から離れた場所のあるところに、隠すように葬られてるんだ。それも忘れられるようにね」
「そんな場所があるのか……」
「ふん。知らない奴もいるほど、雑な場所だけどな」
「だったら、なおさらーー」
さらに追い打ちをかけようとするリナを、手を出して制していると、おもむろにルモイは立ち上がり、背中を向けた。
「やっぱ、テンペストに期待を持つこと自体がバカどったんだな。あんたの言う通り……」
ルモイは力なく、風が吹けばすぐに倒れそうに、フラフラと揺れながら遠離っていく。
「あんた、自分で動きなさいよ。変えたいって言うなら」
それは激励なのか、叱咤なのか。
リナの叫び声にルモイが反応することはなかった。
「なんだったの、あれ?」
ルモイが去った後、リナが訝しげに呟いた。
「……さぁ。でも、タレスって町、思っている以上に厄介かもな」
状況が掴めないタレスの町に疑念が強まり、ふと空を眺めた。
不穏な薄暗い雲が流れていた。
ま、ないんだろうけど……。
ちょっとは察しないとな。




