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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第二章  10 ーー テンペストを望む ーー

 九十話目。

 違和感を持つのって、私って気にしすぎ?

  それとも私が繊細ってこと?

           9



 先生の部屋で見た地図から、記されている場所は忘街傷なんだと仮定したとする。

 でも、記されているだけの数があるわけではなく、運よく辿り着いたどの忘街傷も、似た光景が広がっていた。


「結局、あるのは変な石柱ばっかりよね」


 アカマから教えてもらった忘街傷に辿り着き、小さな村ほどの規模はある廃墟を巡ったところで、リナは呟いた。

 素直な言葉に返すことは何もない。

 まさにその通りなのである。


「ここに来ると、本当に考えてしまうよな。なんでこんなものがあるんだって」


 地面が崩れ、斜めに傾いた石柱に触れて呟いてしまう。


「どう思う、エリカ」


 少し離れた場所は雑草の生えた広場になっていた。

 地面は裂け、陥没部分が剥き出しになっている。

 その淵にエリカは立ち竦み、じっと空を眺めている。

 エリカにとっては、忘街傷には興味がないみたいに。


「ん~~ん。なんか、変な感じがする」


 石柱に触れていた手に力が入る。


「テンペストが起きそうなのか?」


 エリカの発言は、どれだけ気の抜けた声であっても、毎回背筋を凍らせるけれど、エリカは小さく首を振る。


「何か違うの?」


 遠くを眺めるエリカのそばにリナは寄り、同じく遠くを眺める。


「詳しくはわかんない。けど、テンペストの雰囲気というか、強いものが近づいてくるというのはないんだけど……」


 エリカは辺りを眺め、髪を撫でると、


「テンペストに近い雰囲気がなんか、全体に流れてる気がする。なんだろ、風にテンペストの匂いが混じっているような、不思議な感じがする」

「じゃぁ、広い範囲にテンペストが起きる可能性があるってこと?」

「わかんない。本当に風みたいだから」

「風にテンペストを感じる?」


 奇妙な表現が気がかりになってしまう。

 風?

 空を眺めてみるけれど、少し曇っているだけで異変はない。


「テンペストが風にーー」

「ーーちょっと待って」


 すると、不意にリナが手の平を見せて話を遮断した。

 そして警戒を深め、辺りを睨む。

 何かに気づくように。


「あんたたち、テンペストを呼べるのか?」


 リナが周りに敵意を放ったとき、唐突にどこかからか、男の声が届いた。

 リナは背中に手を回し、警戒を強める。

 彼女は背中にナイフを忍ばせている。

 足を擦るように動き、一カ所に集まった。

 最悪、あの集団がリナを追ってきた可能性もある。

 エリカもすぐさま僕の後ろに隠れ、服の裾を掴んだ。

 三人が黙っていると、少し離れたところから草が擦れる音がし、体がそちらに向く。

 すると、崩れた石柱の奥から影がゆっくり動くと、一人の男が恐る恐る姿を現した。

 一歩、足を擦って後ろに下がった。

 男は鷹みたいに鋭く吊り上がっている。

 背はさほど高くないけれど、敵意を剥き出しにして睨んでくるせいか、大きく見えてしまう。

 どこか人に対し、嫌悪感が全身に纏っていて、禍々しさがある。


「あんたら、テンペストを呼べるのか?」

「ーーなんのことだ?」


 意味がわからない。


「あ、悪い。驚かすつまりはなかったんだ。ただ、こんな辺鄙なところに来るバカがいるんだって思っていると、“テンペスト”って聞こえたから」


 男は無抵抗だ、と言いたげに、胸の前で小さく両手を上げた。

 ただ、どうも言葉がざわついてしまう。


「こんな辺鄙なところに来てるあんたはどうなの?」


 気がかりになったところを、リナはすかさず指摘し、逆に責める。

 男はお手上げと、さらに大げさに両手を上げた。


「気を悪くしないでくれ。そんなつもりで言ったんじゃない。俺は町に嫌気が差して出てきただけだ」

「ーーあんたは?」

「俺? 俺はルモイだ」


 男は自分の名前をつげると、顎でそばに転がる石を指し、座ることを促した。

 なんか、勝手な奴だな……。

 依然として警戒を解かないリナと目配せすると、僕らもそばの石に座った。

 エリカはまだ警戒しているのか、僕の背中に隠れるようにして。


「ーーで、質問なんだが、あんたはテンペストを呼べるのか?」


 ルモイは間髪入れず聞いてくる。

 どうも前かがみになる姿に疑念は強まり、エリカをかばった。


「別にそんなことを言っていない。ただ、ここを襲ったのはテンペストかって話していただけだよ」


 どうも、真意を伝えることに危険を抱き、ごまかしておいた。


「いやいや、本当に?」

「なんで、そこまでテンペストに固執するの?」


 大袈裟に体を逸らし、話を逸らそうとするルモイに、リナが指摘する。

 すると、ルモイは一度大きくため息をこぼした。


「俺はテンペストに町を襲ってほしいんだ」


 気にしすぎなだけ。

 お前が繊細?

 それは絶対に違う。

 それだけは断言できる。

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