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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき
9/352

 第一章  8 ーー 黒雲が奪うもの ーー

 九話目なんだけど、なんかムカついてしまう。

 なんで?

            7



 ……言ってしまった。


 店主らに背中を向けていて表情は見えなくても、エリカに向けられていた視線が変わったのは、肌に鋭く刺さる空気で察した。

 断崖の淵に追い詰められた気分だ。

 もういい、とエリカの肩を軽く叩き、振り返る。

 予想通り、大人たちの冷たい眼差しが矢のように注がれていた。

 思わず緊張して息を呑んでしまう。


「お前たち、それって本当なのか?」


 驚きを隠せない店主。声を震わせながら、前のめりになっている。

 逃げ出したい体を落ち着かせるのに、静かに息を吐き捨てる。

 隣ではエリカが依然鋭い眼光を研ぎ澄ませている。特に、トウゴウには敵意すら放っているし、トウゴウも腕を組んで仰け反り、臨戦態勢を取っている。


「…そうだよ」


 エリカの手を握り、呟いた。

 別に毒なんかを吐いたわけじゃないけど、大人たちに多少の動揺が広がり、互いに顔を見合わせ、ざわついた。


「……生け贄になったのに生きてる? どうして?」

「僕らの町も、この町と似ていた。同じように祭壇があって、そこに僕らは立たされ、神器なんて呼ばれた剣で殺されそうになった」


 握っていたエリカの手にギュッと力が入る。

 手の熱が静かに、強く伝わってくる。熱いはずなのに、でもどこか冷たい。


 握り返す。

 目蓋は閉じなかった。目蓋を閉じれば当時の光景が蘇りそうで、それならば恐怖や好奇に満ちた大人たちの視線の方がマシである。

 でも、本当は喋りたくなんてない。


「……じゃぁ、どうして?」

「……テンペストに襲われた」

「テンペストッ」

「もう終わりと思ったとき、空が急激に黒くなって気がついたら……」

「嵐に襲われたのか?」

「ーー違うっ」


 ヤクモの怯えた声を否定したのはエリカ。


「ーー何もなかった」

「ーーはぁ?」

「何もなくなっていた。家も人も何もかも……」

「人って?」

「そう。すべてが消えていたんだ。町ごとすべて。まるでスコップで砂をすくい上げたみたいにゴソッと町が丸く消えていた。その中心に僕らだけ残っていたんだ」

「テンペストって黒雲だろ。雨や雷が激しいんじゃないのか?」


 静かにかぶりを振る。

 嘘を言っていない。

 あのとき、雨が降った様子なんてなかった。泥水も雨の匂いも何もなかった。


 すべてが消えていた。


 ついエリカの手をまた強く握っていた。


「僕らはテンペストを鎮めるために捧げられるところだった。けど、テンペストは町を襲ったーー」

「ーーでも、それはお前たちが捧げられる前だろ」

「でも襲ったのよ」


 祭りで命を捧げることに間違いはない、と突き通すトウゴウ。


 エリカが拒絶する。


「確かにそうかもしれない。けど、そうじゃないかもしれない。命を捧げれば安全だって確証はないんだ」


 だから、命を捧げるのはバカバカしい。


 考え方はそれぞれ。


 でも、しこりの残る選択なんてしてなんかほしくない。誰かが犠牲になるような。

 大人たちを睨んだ。悔しいけれど、僕たちが生き証人である。

 少しでも考えを改めてもらうために。

 互いの想いが沈黙を生んでいたとき、店主が席を立ち、一歩前に出て腕を組んだ。

 訝しげに眉間にしわを寄せて。

 この人なら話も通じる、と安堵していたとき、顎髭を擦りながら深く頷いた。


「君たちがリキルの町に行こうとしているのは、それが関係しているのか?」

「多少はね。きっと僕らが生き残ったのは稀なのかもしれない。それがテンペストと関わりがあるかもしれないから」

「なるほどね」


 何か心を覗かれているような、こちらの反応を試しているような息苦しさが拭えない。


 気持ち悪い。


「なら、明日にはこの町を出て行ってくれ」


 耳を疑った。


 聞き間違いか、と首をすくめる。


「君たちには同情する。けど、これは俺らの町の問題なんだ。どうするかは俺たちが決めなくちゃいけないことなんだ」

「でも、だからって命を犠牲になんて」


 不意に店主の後ろに佇んでいたヤクモを睨んだ。


「あなたはいいんですか? 娘さんが犠牲になろうとしているんですよね」


 店主が一歩横に逸れ、肩をすぼめたヤクモが顔を上げる。


「……ワシにだって何が正解なのかはわからない。君たちの言う通り、誰かを犠牲にしても意味がないのかもしれない」

「だったらーー」

「でも、町に迷いが消えていないのも事実なんだ。仮に今年も依り代にしたとして、もしテンペストに襲われたら、おそらく人を捧げなかったからだ、と言ってくる者もいるだろう」


 そこでヤクモは目を閉じる。


「……きっとワシもそうだ」

「なんだって?」

「きっと、ワシも命を捧げていれば、と考えるだろう、きっと。娘を人柱にしていれば、と」


 とてつもなく、重かった。


 険しい崖から海に突き落とされ、空気を奪われたみたいに息苦しい。


 いや、その方がまだマシだ。


 それほどまでに、ヤクモの言葉は辛かった。


「……ふざけないでよ」


 エリカの一言が空しく響く。

 ま、わからなくはないけれど。

 では、次回も応援よろしくお願いします。

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