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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第二章  6 ーー 家 ーー

 八十六話目に久しぶりにここに出たけど、これまでとは雰囲気が違う……。

 私だから?

            5



 まさか、この荒れた道をもう一度歩くことになるとは思わなかった。

 この街では長い間暮らしていた。

 もちろん、遠い昔に生け贄を巡った争いのことも知っている。

 だからこそ、迫害された地区で育った自分たちを恨んでいたこともある。

 なんで自分たちが酷い扱いをされるんだ、と。 


 歴史が悪い。


 誰かがそんなことを言っていた。

 街の中心地は華やかな建物が並んでいたのに、舗装された細い路地を進んだ先の街並みは違う。

 あるところを境に、線を引いたみたいに光景が変わる。

 地面は砂地が続き、華やかな建物はなく、木の板を貼り合わせた小屋らしいこじんまりとした建物が密集していた。

 しかもところどころ、みそぼらしく崩れ、貧しい光景が広がっていた。

 強風が吹くと、砂ぼこりが舞い、眉をひそめた。

 同じ街でありながらも、一定のラインを越えてしまえば、空気の質が変わったみたいに、ここでは肩が重く、肺も苦しくなる。


 それでも不思議。


 なぜか頬が緩んでしまう。懐かしさが体を軽くしてくれていた。

 私とアネモネとは、あの大剣を盗もうと決意するまで、この貧しい地区に住んでいた。

 すれ違う人はみな、物々しい雰囲気を醸し出している。

 少しでも話しかければ、すぐに暴力が生まれそうな危うさがある。

 誰しもが鷹みたいに目を吊り上げていた。

 昔、私もそれが当然なんだと考え、敵意を剥き出しにしていた。

 男も女も関係ない。

 すべて力がものを言う。

 もしかすれば、腕力はそうしたなかでついたのかもしれない。

 きっと普通にしていたならば、私はこちら側から抜け出せなかっただろう。

 歴史を恨み、自分を憎んで。


 歴史を憎むんじゃない。


 ここの地区を観察しに来た先生に、一蹴された言葉。

 今でも鼓膜の奥に残っている。

 初めて先生に会ったとき、私たちは詰め寄っていた。

 ふと苦笑いをこぼした。

 あのジジイ、体力なさそうなのに機敏に動かれて返り討ちにあった。


 教養を深めろ。


 そこで言われた。

 それからだった。

 先生は私らを気にかけてくれ、いろいろと教えてもらった。

 きっとそこで常識を得ることができたんだ。

 だから、あんな風貌でも感謝はしている。


「……何も変わっていないわね」


 ある場所に止まると、感慨深げにもらしていた。

 荒れた道を何度も曲がり、突き進んだ先にある一軒家の前で。

 周りにある家と大差ないボロい家である。

 そこは私とアネモネが暮らしていた家であり、どれだけボロくても、懐かしさが勝ち、綻んでしまう。

 アネモネが帰ってきていた。

 先生から聞いて、じっとしていられなかった。もちろん、アネモネがここに来たという保証はない。

 けれど、気づけばここに立っていた。

 緊張が胸を強く締めつけるなか、扉を開いた。

 錆から軋む音が私を拒んでいるみたいだけれど、気にしない。

 鼻を突く匂いが鼻孔を刺激し、鼻頭を擦った。

 ほこりが舞っている床を見下ろしても、ほこりが膜が張っている。

 大きくため息をこぼしたくなる。

 誰かが訪れた痕跡はなく、肩を落とした。

 懐かしさが一気に後悔に変貌する。

 私は何をしているんだ、と。

 そのまま踵を返し、キョウらところに戻ろうとするのだけれど、意識に反して体は奥に進む。

 窓を閉めきっているので、空気は淀んでいた。

 先生のところよりも、無人になっていた時間は長い。

 当然ながらほこりも多い。

 息苦しくなっていくのを堪え、やはり帰ろうとして、メガネを外してしまう。

 ほこりが休むテーブルの上に置かれた物が目に留まって。


「アネモネッ」


 刹那、テーブルに駆け寄った。

 テーブルの上には一本のナイフが置かれていた。

 アネモネが使っていたナイフ。

 私を刺したナイフの片方が一本置かれていた。

 一本は今も私が持っている。

 そしてもう一本はアネモネが持ったままのはず。

 それがここに置かれている。

 その意味は……。


「やっぱ、来たんだね、リナ」

 僕じゃ不服ってこと?

 やっぱりアネモネじゃないとダメってこと?

 エリカを呼ぶと厄介そうだけど……。

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