表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/352

 第二部  第二章  5 ーー 人の弱さ ーー

八十五話目。

 話を聞くのは苦手なんだけど……。

 お腹が減る……。

            4



 冗談を言っている雰囲気はまったくない。

 すっと見据える先生の青い目は、心を見透かされていそうで胸が熱くなる。


「争いはきっと消えないよ」

「ーーなんで?」


 念を押す先生に反論すべくエリカが突っかかる。


「……人はそれだけ弱いってことだよ」


 意図が掴めず、エリカと首を傾げていると、先生は唸って何かを考えているのか、頭を掻いた。


「争いなんて、始まりはどれも些細なことなんだと思うよ。そうだな。例えば、二つの家が並んでいるとするだろ。その一軒にある果実が実っていたとしよう。そして、その一つの実が柵を越えて隣の家に落ちたとする。時間が経つと、いずれ種が実を成したとする。そうなると、その実はどちらの家の物になる?」

「そりゃ、種が芽を出した土地の物になるでしょ」

「そうだろうね。けど、問題はそれからだ。そのあと実が成り続け、元々あったところの実は枯れてしまったとする。そうなったとき、元の持ち主が隣の実も、元々は自分の物だから、自分の物だって主張したらどうなる?」

「それって、ただの屁理屈」


 先生が問うと、間髪入れずにエリカが断言する。

 気持ちのいいほどに潔く。

 それでも先生は頬を歪ませる。


「でも、そう上手くいかないこともある。一方は主張を歪めず相手を責め、一方も引かない。それがずっと続けば、いずれそれが争いの引き金になってしまうこともあるんだ」

「そんなことって、あるんですか?」

「ないとも言えないよ。人は弱いものだ。どうしても主張をしたくなる。だからこそ、争いも消えることはないだろうね。辛いけれど」


 そんなものか?


 そんな些細なことなんて、僕にだっていくらでもある。

 エリカとだって、食事でぶつかることも。それと一緒じゃないか。

 不安から口元を手で押さえてしまう。


「君たちが疑念を持っている祭りにしても、その延長線上のことだと思うがね」

「ーー祭りが?」

「君たち、旅をしていて、祭りについて争いになった町を見たことはないかい?」


 不意に問われ、これまで訪れていた町を思い返してみた。

 祭りで争った町を見たことはなかったけれど、すぐに返事ができず、言葉を濁してしまう。

 一瞬よぎったのは、カノブ。

 あの町では生け贄について揉めていた。だから真っ向から否定できない。


「この街もある意味、祭りによって小さな争いは起きているからね」

「この街に?」


 信じられない。


 街の様子を伺っていたとき、そんな不穏な雰囲気は何もなかったはず。


「この街も以前は生け贄を捧げる風習があったんだ。

 この街は二つの地区に別れてるんだが、祭りの際、交互にその生け贄を選出していたようだ。だが、あるとき片方の主の娘が生け贄に選ばれたらしいけど、それを拒んだ。権力を使ってね」

「じゃぁ、祭りは執り行われなかった?」

「いや、主はもう片方から娘をさらい、生け贄にした」

「ーーっ」


 正直、あまり真剣に聞いていなかったけれど、そこで耳を疑い目を見開いた。


「ーーさらった?」

「そう。権力を楯に方便を並べてな」

「そんなの酷すぎる」

「でも、実際に起きたことだ。そのあと、互いの地区で争いが起きるようになったんだ。小さないざこざが大きくなってね」

「それで、その後はどうなったんですか?」


 街を歩いていると、争いが起きていた様子なんて微塵もなかった。だからこそ、気がかりになってしまう。


「いざこざは続いていたらしいが、あるとき水害があったらしいんだ。人によってはテンペストに襲われた、と言い残している者もいる。だが、この街は水害に襲われ、甚大な被害を受けたらしい。皮肉なことに、被害はその生け贄を拒んだ地区に偏っていたらしい。

 一連の遺恨も残っていたから、同じ街でありながらも、手を差し伸べなかったらしい。そこで、同じ街でも格差が生まれてしまったんだ」

「ーー酷いな」


 素直な思いが口を突いていた。

 それでも被害を受けた地区に、どうも同情できない気持ちも少なからず胸の奥に居座っていた。


「そう思ってもらえるのは、この街の住民じゃないからかもな。ここの住民は、その仕打ちが当然と捉えているからな」

「それって、いつから?」

「さぁ? 僕がここに住むようになったころには、すでにそうなっていたからね」

「それこそ、根深いってことか……」

「なんなんだろうな。人というのは。本来、祭りのあり方は争いを生むためのものじゃなあくった。テンペストを鎮めるため、死者を弔うため、どちらが目的であったとしてもな」

「……バカバカしい」


 元も子もないことをエリカは容赦なく言ってしまう。

 ちょっとは遠慮というものを学習しろ、と頭を叩きたくなる。

 先生はそこでイスに深く座り直し、呆然と天井を眺めた。


「歴史を調べていくとね、自然と嫌なことも見えてくる。僕は人の弱さが生んでしまっている気がするんだ。それに、どうもテンペストも人が争いを繰り返すほどに強くなってる気がするんだよね」

「……人がテンペストを生んだ?」


 何を言っているんだよ。そんなこと有り得ない話だ。

 でも、先生はふざけた様子もなく、幾分真剣に僕を見据えていた。


「まぁ、僕の勝手な考えでしかないけれどね」

 じっと話を聞けよ。

 大事なことなんだから。

 ……けど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ