第一章 7 ーー 閉店した夜に (2)ーー
今回、八話目だよね。
……やっぱり、前回私出てない……。
ヤクモと呼ばれた男の横顔にハッとする。
ヤクモとは、昼間にカウンターで酒を飲んでいた男であった。
雰囲気は少し違っているけれど。
昼間は酒を浴び、顔を赤らめて泥酔していたが、感情を抜き取られたみたいに、表情は青ざめ、生気がなかった。
人形みたいに。
ヤクモはみなの顔を見て何かを言いかけ、躊躇して口を噤んだ。
それは向かいの席で深く腰かけて腕を組む、トウゴウが影響しているのかもしれない。
獣と対峙しているのか、と疑うほど、威圧感が半端なかった。
僕なら逃げ出しそうだ。
「人柱に選ばれているのはお前の娘だ。親としての気持ちを聞かせてくれ」
相変わらず落ち着いた口調で切り出した店主。
聞き捨てならない言葉に、腰が上がりそうになる。
ただ、ヤクモは力なくかぶりを振るだけに終わる。
怯えた様子のヤクモに、店主は顎髭を擦って苦笑する。
「実はな、三日ほど前から息子と口を利いていないんだ、俺は。最後に話したとき、怒鳴られたよ。「人を犠牲にするなんて、お前の頭は化石かっ」ってな。正直、辛かったよ。町を守ろうとしているのに、息子からそれを否定されるとな」
店主の言葉に息子がいたのか、と驚くけれど、どこか様子はおかしい。
「驚いたよ。普段は何を考えているのかわからないぐらいに大人しい奴なのに、急に怒り出すんだからな。
でも俺もな、息子の真剣に怒ってる姿を見てしまうと、考え方を変えないといけないのかなと思えたんだ。守るために誰かを犠牲にするのは間違いかもって」
ヤクモの顔がスッと上がり、目を見開いていく。
抜かれた感情が戻っていくみたいに光を帯びて。
店主は照れ臭そうに頭を掻いていた。
「ーーふざけるなっ」
またしてもトウゴウの怒鳴り声が空間を裂いた。
「これはお前の息子も守るための祭りだぞ。そんなことで変えるわけにもいかんっ」
「そうじゃ。ここ数年、依り代を使っていたからこそ、身の危険が近づいている可能性だってある。ここは人柱を立てるべきじゃ」
話の筋が見えてきた。
近く、この町で祭りが行われるが、そこでこれまで通り木を依り代として使うか、“生け贄”を立てて行うべきかを議論しているのだと。
そこでトウゴウは生け贄を立てることは揺るがないようである。
その態度は憎らしい。また彼だけでなく、隣の女も同じ考えらしく、ヤクモを細い目で睨んでいる。
いつしか僕は奥歯を噛み締めていた。
両手に力を込めて握ってしまっている。込み上げる怒りを抑えるように。
「バカバカしい」
そう。バカバカしい。
いや、口に出してなんかいない。
それなのに小さくても力強い声が鼓膜を響かせた。
眉間にしわを寄せて横を向くと、いつしかエリカがそばに立っていた。
顔を伺うと、唇を強く噛み締めながらも目尻を吊り上げ、階段の下を睨んでいる。
咄嗟に細い腕を掴むと、
すぐに強く振り払われた。
このバーー
声に出して制止しようとしたときには遅かった。
手を振り払うのと同時に、エリカはズカズカと音を立てて慌ただしく階段を駆け降りていく。
「なんなんだっ、お前はっ」
トウゴウが慌ただしく席を立ち牽制する。
当然だ。きっと、聞かれたくない会話なのだろうから。
「生け贄を立てるなんてバカバカしいっ」
睨みつけるトウゴウに、臆することなく吐き捨てるエリカ。周りにいた大人たきが騒然となる。
「お嬢ちゃん、どうしたんだよ?」
「誰だ、お前は?」
突然のことに戸惑いながら、店主らの声がエリカに注がれる。
刃物みたいに鋭い眼光に、エリカは一切動じない。
「おい、エリカッ、止めとけっ」
ようやく追いつき、エリカの肩を掴んで引き止めるけど、エリカは大人らを睨み続ける。
「生け贄を立てたって意味がないって言ってんのよっ」
「お前らには関係ないだろっ。これはワシらの町の問題なんだっ」
「私たちは、その生け贄だったのよっ」
いいだろ、今回出たんだし。
しかも、変なこと言いやがって。
では、次回も応援よろしくお願いします。