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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第一章  12 ーー テンペストじゃない?  (2) ーー

七十八話目なんだけど、最近の私って、存在感ってあるの?

薄れてる気がする……。


 大地が揺れるほどの振動が足元から突き上げてきた。

 何? と聞く間もなく、エリカ越しの廃墟の外れに轟音とともに光が弾けた。

 雷が落ちた。

 暗闇が広がっていた廃墟に光が支配し、目を手で覆った。


「なんだ? ただの雨にしては変だな。確かに……」

「ーー待って。何か聞こえる」


 雷鳴に驚いていたとき、リナが急に不思議なことを言い出した。

 まだ振動が体の芯に残るなか手をどけたとき、目を疑ってしまった。


「何? これってどういうことだ?」


 それまでまともな建物はなく、廃墟に近かったのに、そこには整然とした街並みが広がっていた。

 それはさほど栄えてはいないだろうが、どこかの田舎らしい建物が並んでいるところに、リナと二人で立っていた。


「ーー何か、変な音がする」


 ここはどこだ? 

 聞く間もなく、リナが奇妙なことを言い出す。


「何、言ってるんだよ」

「私もね、ちょっと耳が利く方で、敏感なのよ。もしかしたら馬のーー」


 ウォォッ ウォッ ウォッ ウォッ ウォッ


 どこかからか遠吠えみたいな声が聞こえた。

 低い男の声は地面を響かせるほどに強く、気味悪さが肌をざわつかせる。

 胸の内が痛んでいく。

 ここにいてはいけない、と警告するほどに鼓動が高まっていく。


「ーー逃げようっ」


 体が警告し、リナの腕を掴もうとしたとき、エリカがいた方向を向いた。

 また息が詰まってしまう。


「ーーえっ?」


 それまでエリカが立っていたところに、小さな女の子が立っていた。

 目の大きさが特徴的な女の子。 

 背の低い女の子は怯えた様子で、目を見開いていた。

 必死に足をふんばり、肩を震わせて。

 何か恐ろしいものと直面して萎縮するみたいに。


「……君は……」


 エリカはどこに? 


 と疑問を頭の片隅に残しながらも、聞いてしまっていた。

 女の子は答えるわけでもなく、髪をなびかせるほどに強くかぶりを振る。


「ーー来るっ」


 困惑を隠せずに途方に暮れていると、リナの声が破裂する。

 砂地が激しく擦れる音が背中にぶつかった。

 何か大きな圧迫感が壁となって迫り、怯えながら振り返ってしまう。


 ウォォッ ウォッ ウォッ


 景色が横に移るなか、男の咆哮が鼓膜を振動させる。


「ーーっ」


 振り返った道の先に、怏々しい集団が構えていた。

 馬に乗った青い服の集団。

 今にも迫るような鬼気迫る表情を崩さない男の姿。

 男らは僕らを敵視し、馬の蹄が砂ぼこりを荒くさせる。

 リキルで見た金髪男と同じ青い服を着ている。

 それなのに、緊張感は比ではない。

 何か危険が迫ってる……。

 すでに臨戦態勢で剣を抜き、刃を立てている。


「ーーお前ら、一体……」

「ーー来ないでっ」


 警戒心が極限まで訴えるのだけれど恐怖で動けずにいると、甲高い声が空気を裂いた。


 女の子の声か?


 胸を突き抜かれたのと同時に、青い集団の一人が口を大きく開き、剣の刃先を天に突き上げた。

 刹那、砂ぼこりが迫ってくる。

 危険に顔を背き、身を縮めてしまう。剣を恐れ、背中を向けてしまう。

 咄嗟にリナをかばって。


 ーー 女の子は。

 ーー 切られるっ。


 迷いが体を切り裂いていく。

 どうするべきか体が高まるなか、一つの傷を受けるはずのなか、瞬きをした。


 ……痛くない。


 青い集団は鬼気迫っていたので、すれ違う者すべてを斬りつける勢いがあった。

 それなのに痛みは…… ない。

 いや、それだけじゃない。声はしたか? 

 馬の足音はしていたか?

 疑念が体を上げたとき、途方に暮れてしまう。


「……どこに行ったんだ?」


 身をかがめるリナをかばい、辺りを見渡したとき、そこには誰もいなかった。

 血走った連中が忽然と姿を消していた。


「……どこに行ったんだ? それとも幻?」


 雨音が言葉を消していた。

 数秒前まで視界に映っていた人物の大半が消えていた。

 消えていないのはリナだけ。

 目の前にいた女の子すらも、忽然と姿を消していた。

 どこに行ったんだ?

 不安が押し寄せるなか、曇天の隙間にまた光が走った。

 瞬きをする隙間もなく、また稲光と同時に遠くで雷柱が立った。

 視界を遮る光が全身を覆ったとき、反射的に目を瞑った。

 漆黒の闇がすべてを奪っていき、意識すらも遠退いていきそうになる。

そんなことはない。気のせいだよ。

 だって、僕を悩ませることに変わりはないんだから。

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