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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第一章  11 ーー テンペストじゃない? ーー

 七十七話目。

 何か嫌なことを思い出しそう。

           11



 廃墟と思える敷地に入ったとき、違和感を抱いてしまう。

 どこか自分の知っている忘街傷とは違っていた。


「……テンペストじゃない」


 隣で同じく廃墟を眺めるエリカが雨に打たれながら呟く。

 そこは廃墟と呼ぶのが一番合っていた。

 言葉が胸を締めつける。どこかリキルの光景を彷彿させていて。

 おそらくは住宅であっただろう建物が朽ち果て、屋根の瓦は落ち、壁は剥がれて窓は抜けていた。

 入り口の扉はなく、無造作に闇が口を開いている。

 別の建物は完全に朽ち果て、梁だけが虚しくそそり立っているところもあった。


「これって、リキルを襲った連中の仲間の仕業なのか?」


 正直、ヤマトのような生存者を期待できる状況ではなかった。

 それでも、期待が口を突いて出た。


「完全に否定はできないけれど、そうじゃなさそうね。建物の壊れ方を見ていると、数ヵ月って感じじゃないわ。もう何年、いえ、もしかすれば、何百年って規模の年数が経っているかもしれない。それこそ、忘街傷として捉えた方が正しいかもしれないわね」


 僕の呟きにリナは反応する。

 そばで崩れた建物の壁を擦り、腐敗具合を確かめつつ。

 何百年と聞き、途方もない年月をこの廃墟がすごしてきたのだと考えると、感慨深くなってしまう。

 それでも整備されていない通路を眺めていると、感傷さも奪われるほど不気味さを漂わせていた。

 気のせいなのか、廃墟に入ってから雨が強くなっている気もする。

 それは僕をこの廃墟が拒んでいるのかと捉えてしまう。


「なんか、雲行きも怪しいわね。ここじゃ雨も防げそうにないし」

「だよな。おい、エリカ。どこか屋根のあるところを探しーー」


 ……嘘だろ。


 ついさっきまで僕の隣にいたはずのエリカがいない。

 すでに廃墟を探索しに行っているみたいだ。

 その好奇心はどこから来るんだ、と嘆き、廃墟の奥に進んだ。


「あの子、いつもああなの?」


 雨に頭を手で覆いながら探索するなか、呆れた様子で聞かれた。


「ま、自由な奴ではあるけど、急にどこかに行くってのはなかったんだけど」

「お互い、自由奔放な子を相方に持つと苦労するわね」

「ははっ、そうだな」


 リナは鼻で笑い、メガネの位置を直した。

 嘲笑する姿に一瞬、アネモネの姿が重なった。

 なるほど。こいつも妹に気苦労は絶えなかったんだろう。

 思わず笑い声が出そうなのを堪え、鼻頭を擦った。

 ここで笑ってしまえば、悪い気がしてしまい。

 それにしても、やはり廃墟に人の気配はない。


「あ、いた」


 建物の角を曲がった先であった。

 少し進んだ先の、細い通路にエリカはたたずんでいる。

 いつになく、小さく見えてしまうのは気のせいか。


「ったく。何やってるんだよ。雨も強くなってきたし行くぞ」


 次第に雨は音を立てるようになっていた。

 気づけば遠くで泳いでいた黒雲が廃墟の上にたたずみ、雨粒が辺りを霞ませている。

 舗装されていない通路にも水たまりが生まれ、土の匂いが漂い始めていた。

 エリカ、と手を伸ばそうとすると、エリカが両手を天に伸ばした。


 ーーえっ?


 それはいつもの動きに似ていた。

 いつもは夜。月に向かって捧げていた踊りの始めに似ていた。

 なんで、今に?


「ねぇ、なんか空の様子、ちょっとおかしくない?」


 止めに入ろうとしたとき、怯えた口調のリナがこぼす。


 空が? 


 天を仰いだとき、眉をひそめてしまう。

 数分と経っていないのに、空の暗さは一段と暗く重苦しい雲が厚く広がっている。

 どこか龍の鱗みたいに。

 さっきまで聞こえていなかった雷鳴らしい音も聞こえてくる。

 やはり僕らを拒んでいるのか……。


「ねぇ、これってやっぱりテンペストが起きる前兆ってことなの?」


 気のせいか、リナは震えていた。彼女はテンペストと遭遇したことがないのだろう。


「大丈夫。それは違うから」


 確信を持って言えた。

 それだけは違う。あの辛い空じゃない。

 きっとテンペストは起きない。

 でも様子はおかしく、どす黒い空を眺めていると、伸ばしていた手を降ろし、空を見続けてしまう。

 刹那、黒雲の隙間に光が走った。

 稲光かと思ったときである。

 まぁ、こんな状況を目の当たりにしちゃうとね、いろいろと……。

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