第二部 第一章 10 ーー 予感 ーー
七十六話目。
なんかを感じる……。
これって……。
10
新たな目的地は決まった。
ただ、本来の目的からは大きく逸れる場所に向かうことになる。
だから、さらに野宿が待ち構えているののだけれど、それを忘れてしまっていた。
またエリカの機嫌が歪まないようにしなければいけない。
どうも余計な苦労を背負わなければいけないらしい。
僕の心配が杞憂で終わってほしいと願いながら歩いていた。
リナとエリカは、僕よりも先を歩いていた。
幾分、二人の機嫌はよさそうだ。
頼むから、このまま穏やかに進んでくれよ、と軽やかな背中を眺めて進んでいたときである。
日が明けて、しばらくしてからである。
「あ、そうだ。言い忘れていたけれど、先生のいる街なんだけどね、昨日に言っていた争いに勝った方の地区なのよね」
「それで?」
立ち止まり、振り返るリナ。どこか頬が引きつっている。
思わず僕らも足が止まる。
「だから、祭りについても、生け贄の風習が街に強く残っている地区が多いのよ。たまから、そこに着くまでに寄る町も、もしかすれば嫌な光景を目の当たりになるかもしれないってことを覚えていてね」
メガネのつるを触り、落ち着いた口調で忠告された。
あたかも教師が悪巧みをする子供を諭すように。
僕らはそんなに子供なのか?
と言いたくなるのを堪えていると、リナの先に立つエリカが気になった。
「……エリカ、どうしたの?」
リナは幾分、お前に忠告しているんだぞ、と叱咤したくなるなか、エリカは背中を見せて立ち竦み、じっと空を眺めていた。
風が頬に触れると、エリカは髪を押さえ、
「……何か変な感じがする」
「変な感じ?」
エリカは振り返ることなく、空を眺めたまま、
「ちょっと、まだ納得できていないの。昨日言ったじゃん。あんたーー」
遠回りをすることへの反抗だと、リナが憤慨するのを僕は手で制した。
訝しげに唇を尖らせるリナを宥め、
「……感じるのか、テンペスト」
「ーーテンペスト?」
唇を噛んで黙って頷いた。
事情が掴めないリナは、キョトンと瞬きをしている。
「エリカには奇妙な力があるんだよ。テンペストが起きそうになるのを、感じるっていう」
「テンペストを感じる? 何それ?」
当然ではあるが、リナは疑い深く眉をひそめる。
漠然とした説明でしかないけど、冗談でもエリカのワガママでもない。と無言で訴えた。
「本当なの?」
僕の真剣な態度に、半信半疑のままエリカを眺めるリナ。
まだ疑っているようだけれど、口を閉ざしてしまう。
「どうなんだ、エリカ」
「はっきりとはわからない。けれど、何か変な気持ちがする」
「……テンペストねぇ……」
完全にエリカの力を信用できないリナ。
わからなくもない。
僕も最初のころは半信半疑で、どこか受け流していたところもある。
でも侮れない力である、と再び歩きながらじっくりと説いた。
不思議な感覚のおかげで、助けられたことが何度もあると。
もちろん、一方で空振りで終わり、危険に巻き込まれそうになったことも隠さずに。
「……なるほどね」
最初は疑い深く聞いていたリナであったけれど、こちらの状況も言うことで、次第に納得をしてくれた。
テネフ山にテンペストが起きそうと知りながらも向かった僕らに呆れてはいたけれど、何より人見知りでまだリナにも時折よそよそするエリカが真剣にリナを見て訴えているのが一番効いたみたいだ。
「やっぱり、あんたたち、無謀すぎるでしょ」
「それは僕らの長所だって思って」
呆れるリナに、照れ隠しで顎を擦るしかなかった。 だが、今回のエリカの勘は、もしかすれば当たりかもしれない。
エリカが眺めていた方角の遠くに、微かに黒雲らしきものが空を泳いでいるのが見えていたから。
「ほんと、侮れないみたいね」
声を上げるリナ。
エリカのテンペストの感覚を受けてしばらく歩いていると、ポツリポツリと頭や肩に冷たいものが当たるようになっていた。
雨が降り始めていた。
先ほどまで、遠くに見えていた黒雲が近づいているように感じられる。
雲行きが怪しくなっていた。
ただの雨。
厳しくても嵐で済んでくれ、と内心強く願って息を呑んでしまった。
「……あれって忘街傷?」
濡れるのを気にしつつ空を眺めていると、ふとエリカが足を止め、遠くを指差した。
一瞬、三人が足を止める。
遠くに廃墟らしき建物の影を捉えた。
「ーーえっ? でもこの辺りに忘街傷なんてあったっけ。アカマさんにもこの辺りのことは教えてもらってないわよ」
困惑するリナも声をもらす。
忘街傷を見つけることは悪いことではないけれど、予期せぬところで遭遇すると、警戒せずにはいられない。
何しろ、エリカの予感が重なっている。
それなのに、体は導かれるように、廃墟へと向かっていた。
初めて見る人にしてみれば、この感じを信じられないんだよな。




