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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第一章  9 ーー 先生という存在 ーー

 七十五話目。

   私たちの目的って……。

            9



「ーー先生?」

「うん。私らにいろいろと教えてくれた人。世界の歴史とかをね。それはもちろん、悪い部分も含めてだけどね」


 素直な問いに、リナは三つ編みを触りながら応えた。

 そこで顔を上げ、前髪をひねるように触ると、


「私ら姉妹はね、親がいなかったの。そこである大きな街で、その先生にいろいろとお世話になっていたのよ」

「じゃぁ、その先生ってのも、危ない集団の一人なのか?」


 これまでの話を踏まえると、自然と湧き上がる疑問。

 つい口調も険しくなってしまう。


「ううん。それはないと思う。先生は純粋に歴史を調べたいんだと思う。どちらかといえば、中立だと思うよ。あの連中は偏った傾向の奴が集まってるはずよ」

「なんか、ややこしいな」


 悪気があってこぼしたわけではない。

 本当に頭のなかが混乱しそうで、額に手を当ててしまう。


「でも、悪い人じゃないから」


 それでも先生を庇うリナに、慌てて手を振る。


「先生から聞いたのよ。世界のどこかにアンクルスがあるかもしれないってね。そこで、あの集団が大剣を所持していることを知ったの。そこで私らはそれを狙ったの」


 それまで険しい表情を崩さなかった。

 リナはメガネをかけ、急におどけてみせた。

 あたかも子供が小さなイタズラをするみたいに、あどけなく。


 まったく無茶をするものだ。


 呆気に取られ、ため息がこぼれそうになる。

 リナは意にかえさずコーヒーを口に運んでいた。


「ーーにしても、世界の歴史か……。気にしたことなかったな」

「私らはテンペストが目的だったから」


 胸がざわめくなか、エリカが呟き、結論づけようとする。

 もちろん間違っていない。

 それが一番大事だと考えてる節もあったから、関係ないと振り払う気持ちが胃の辺りを静かに突いてくる。


 ーーでも。


「ちょっと気になるな。世界の歴史ってやつに」


 ボソッとこぼす声に、反応したのはエリカ。パッと顔を上げ、こちらを憎らしそうに睨んでくる。

 眉間にシワを寄せ、上目遣いで敵意を放ちながら。

 いや、そこまでの睨まなくても。


「いや、だってそうだろ。もし、その歴史にテンペストのことと関わりがあれば、何か役に立つかもしれないし」


 我ながら安易な言い訳であると痛感してしまう。

 声が上擦りそうだ。


「確かに言われてみるとそうよね。先生にもう一度会って、ちゃんと話を聞くのもありかもしれないわね」


 ただの好奇心が八割を締めていたのだけれど、そこにリナが乗ってくれる。

 じっと焚き火を眺め、顎に手を当てて何かを考えていた。


「それにアンクルスに行く方法もちゃんと聞き直した方がいいかもしれないからね」

「……知ってそうなのか?」

「わからないけれど、どうする?」


 行ってみよう、と喉の奥から言いたいのだけれど、リナの誘いに素直に顔は見られず、エリカの様子を伺ってしまう。

 エリカにしてみれば、ただの寄り道にしかならないのかもしれず、不機嫌そのものである。

 草原のそばに豪華な食事ができる店はないだろうか。

 一度、機嫌を損ねてしまったエリカを納得させるのは一苦労だ。

 できることなら、五食分の料理を目の前に盛れば多少は揺らぐかもしれないけれど……。

 さて、見晴らしのいい草原でそんな都合のいい店を見つけるのは、無謀でしかないぞ。


 さぁ、どうするべきか。


「どうする? 僕は悪くないと思うんだけど?」


 ここは強引に勧めることはしない。あくまで興味を抱くように誘わなければ。

 エリカは黙ったまま、顔の正面を向けた。

 逸らすことのない目差しは、ビー玉みたいに澄んでおり、足元をすくわれそうに吸い込まれていく。

 怒っているのがわかるからこそ、余計に体が竦んだ。

 じっくり返事を待っていると、コップを唇に当てながら、しばらく睨まれた。

 こちらが根負けしそうだ。


「……ま、いいけど」


 よし。


 エリカの許しが出てくれた。

 機嫌を取るのは本当に大変だよな……。

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