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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第一章  8 ーー 隠された歴史 ーー

 七十四話目。

  子孫なんて関係ないし、先祖なんて知らない。

            8



 不思議な感覚に陥ってしまった。

 影に覆われた者に刃物を胸に突きつけられた恐怖に、全身から熱を奪っていくみたいに。


 戦争。


 言葉とは不思議なものである。

 ただの争いであれば、小さないざこざであり、町同士のケンカみたいなものと受けてしまうけれど、戦争となれば、一気に胸が締めつけられる。

 それほどまでに、衝撃であった。

 リナは真剣な眼差しで僕を眺め、話を続けていた。


 嘘だろ?


 何度、話を腰を折ろうとしたか。

 それでもリナの口調からして、中断することも許されず、ずっと言葉を喉の奥で止めることしかできなかった。



 昔、大きな戦争があり、一つの国が滅びた。

 その子孫がリナら姉妹である。

 敗戦国の住民であった者の子孫が、勝利国の子孫に当たる今の世界に広がる者を支配しようとしている。

 絵空事にしか聞こえない話に呆然となっていた。


「まぁ、これは負けた国の者にしか継がれていない話なんだけどね」

「……そうなのか……」


 どう返していいのかわからない。

 うつむきながら、半分に減ったコーヒーを呆然と眺めてしまう。

 執拗にコップを揺らしながら。


「ーーで、話に戻るんだけどね、それで祭りは元々、その戦争で死んだ人を弔うために広がっていったって言われてるの」

「でも、どうしてそれが“テンペスト”を鎮めるために生け贄をって物騒なものに?」

「さぁ? そこまでは私も詳しくは知らないけれどね」


 そこでリナはおもむろに夜空を眺めた。

 そこまでの話題から身を逸らそうとするみたいに。

 しばらく話しかけるのを躊躇してしまう。

 話を聞いていると、どこか触れてはいけない刺に触れてしまいそうだ。

 何より、リナがこれまでになく脆く見えてしまい、口を噤んでしまう。


「多分、エリカの先祖はその敗戦国の者なのかもしれないわね」

「でもそんなこと、教えられたか?」


 そんな話は一度も耳にしたことはない。

 エリカに聞いてみると、エリカは力強くかぶりを振って否定する。

 エリカが否定してくれたことにどこか安堵していると、リナも納得するように目を細める。


「まぁ、かなり昔の話になるからね。世代が変わることによって、その話を継承しなくなることだってあるだろうし。それで知らず知らずの間に、その踊りだけが継がれたのかもしれないわね。なかには出身をごまかして暮らしている人もいるみたいだからね」

「そうなのか?」

「下手な問題を起こさないためにね。それで、一部の町では踊りが生け贄と変わって継承されているってことなんでしょうね」

「なんか、グチャグチャしてるな」


 どこか気持ち悪さが拭えず、髪を掻いてしまった。


「ま、人のことだから仕方がーーって、何?」


 苦笑いしていたリナは不意に言葉を止め、エリカを眺めた。

 エリカはリナをじっと見詰めていた。

 怯えるような目差しで。


「恨んでいるの、あなたも?」


 話を聞いていて、胸に竦んでいた疑問をエリカはまっすぐ突いてきた。

 内容からして、リナは敗戦国の子孫。子供のころから、僕らの知らない事実を聞き続けていたはず。

 だからこそ、それこそ世界に広がる人々に対して、深い遺恨があったとしても不思議ではない。

 けれども、それを直接聞くことはできなかった。

 そこまでの勇気がなかったのだけれど、こうしたときのエリカの強引さには驚かされる。


 怖くないのか?


 リナはしばらく固まり、顎を上げると途方もない方向を眺めた。


「……嫌いなのよね、ほんと」


 リナの声はいつにも増して重く、鋭さを漂わせていた。

 言葉の淵に触れてしまえば切れてしまいそうに。

 彼女の反応は半ば諦めが息を詰まらせてしまう。


「私らは昔から継がれている遺恨なんて、気にしていないわ」

「気にしてない?」

「ーーそう。そりゃ、まったく気にならないってことはないわよ。実際には先祖のことだからね。でも、私らはそんなことより、アンクルスの町に行くことの方が重要なのよ」

「アンクルスって、故郷の?」

「うん。だから心配しないで。私は侵略とか、そんなことにまったく興味はないから」


 リナの力強い返事に安堵した。

 誰かを傷つける旅。

 そんなことは考えたくなかったので。

 屈託なく笑みを浮かべるリナも、一瞬だけれど表情から温もりが抜け曇らせた。


「それで私らは大剣を奪ったのよ」


 大剣と聞いて、息を呑んだ。

 すぐに脳裏にアネモネの姿が浮かんでしまう。

 あの大剣を軽々しく振り回していた姿を。

 リナも一度言葉を紡ぎ、メガネを外した。

 手にしたメガネを膝の上で呆然と眺めて。


「あの大剣は敗戦国にとって、大きな存在だって信じられていたの。それこそ、世界の秩序を崩すってね。それに私らの故郷でもあるアンクルスへの扉を開くことができるって。それでアネモネと二人で大剣を盗んだのよ。大剣さえなければ、侵略も破綻するって思って」


 リナが不穏な考えに加担していないことに、胸を撫で下ろした。


「それで追われる身になってしまったんだから、意味がないんだけどね」


 と、お手上げと両手を上げておどけてみせた。


「でも知らなかった。そんなことがあったなんて……」

「これは隠された歴史でもあるしね。知らなくてもおかしくないわよ」

「敗戦国の人はみんな知っているの?」


 安心するなか、エリカが訝しげに聞くと、リナはかぶりを振る。


「全員が、とは言えないでしょうね。それこそ、全員が世界の転覆を望んでいるわけでもないだろうし。普通に平穏に暮らそうとする人の方が多いと思うわ。でもーー」

「ーーでも?」

「私たちが大剣を盗んだ集団はそうじゃない。世界の全権を握ろうとしている者たちは、隠された歴史を知っている。だから乱暴に出る者もいるわ」

「町を襲うこともあるの?」


 またしてもエリカが突く。

 今度はどこか叱責するように言葉の節に刺を立てているみたいに。


 言いたいことはわかる。


 きっと、リキルのことを指しているんだ。ヤマトのことを。

 別にリナを責めるつもりはないだろうけど、結果的に問い詰めてしまい、リナは顔を伏せた。


「まぁ、そうなるでしょうね」


 否定するわけでもなく、叱責を甘んじて受け止め、リナは頷いた。


「……でも安心した」


 空気が重くなるなか、僕は口を開いて目を細めた。

 どこか突拍子のないことにエリカとリナは顔を上げ、キョトンと目を丸くした。

 この空気を払拭したかったのだけれど、ここまで驚かれるとは。

 苦笑しても、頬が引きつって痛い。

 でも嘘は言っていない。本当によかったと思っている。


「だって、そうだろ。みんながみんな、危ない考えだったら、それこそ世界は終わってるだろ」


 本当にそうだと思うのだけど、二人とも呆気に取られたまま、どこか僕を蔑むように見えてしまった。


「でも、なんでリナはそれを知っていたんだ?」

「うん。一応、私らもその集団に一時的ではあるけど、所属していたからね。もう気づいているだろうけど。それに、教えてもらったのよ、私らは」

「教えてもらった? 誰に?」

「うん。先生にね」

「ーー先生?」

 歴史って言われても……。

   知らないことが多すぎるよ、ほんとに……。

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