第二部 第一章 7 ーー 祭りのおもむき ーー
七十三話目。
なんで踊るか?
……そんなのわからない。
7
「あれはなんなの?」
エリカの踊りは続いていた。
軽やかなステップは体を跳ねさせ、小動物が駆けめぐるように髪をなびかせていた。
僕が言葉を失っているなか、おもむろに立ち上がったリナは弱々しく嘆願の声をもらした。
それでもエリカから目を離すことはない。
メガネを外し、エリカを凝視していた。
踊りに魅了されているのだと感じた。
リナの声に僕の心臓は冷静さを取り戻していく。
自然と頬が緩んでいく。
「ああやって、たまに踊ることがあるんだ。決まって晴れた夜の日に。まるで月に捧げるみたいに」
そうか、リナにとってエリカの踊りは初めてだったな。
どこか僕は誇らしげにエリカを眺めていた。
「あの踊りって、確かデネブで」
鋭いな。やっぱり気づくか。
「うん。あの踊り、祭りで踊っていたのとなぜか同じなんだ」
多少の違いはある。
きっと本能的に体を動かしているエリカは、自分なりに動きを変えているのだろう。
それでもやはりデネブでの踊りとほぼ同じである。
「あの子、踊り子だったの?」
「いや、そんなことは聞いたことないけど」
「……そう」
それ以上、リナが聞いてくることはなかった。
どこかエリカの踊りから目を逸らすことすら惜しむように、二人してじっと眺めていた。
「なんで踊ってるの?」
踊りが落ち着き、焚き火のそばに戻ったエリカに、リナは疑問をぶつけた。
「……わかんない」
相変わらず、小さい声がこぼれた。
もう慣れているはずなに、驚いているのか。
以前から感覚的に踊っていると言っていたので、本当なのだろうけど、リナにしては釈然としないらしく、鼻頭を擦っていた。
「あんたたちって、エルナ出身なんだよね?」
「ーー出身?」
唐突に問われ、エリカと顔を見合わせてしまった。エリカはキョトンと瞬きをしている。
「違うの?」
返事に戸惑う姿に、リナは首を傾げられ、逆に上手く返事ができずにかぶりを振った。
「エルナって町にはいたんだけどさ。それは数年前の話で、小さいころはどこにいたのかは覚えていないんだ、僕ら」
「そうなの?」
「うん。気づけばエルナにいた。ってのが一番しっくりくるかな」
「エリカ、あなたも?」
曖昧な返事に申しわけなくなっていると、エリカも小さく頷いた。
「覚えて…… ない」
呆れた、と聞こえてきそうなほど、リナは驚きで目を丸くしていた。
仕方がない。本当にそうなのだから。
「……そっか。まぁいいわ。じゃぁ質問変えるわね」
一度かぶりを振り、
「あなたたちは祭りが“テンペスト”を鎮めるため、避けるために行っているって考えているのよね」
「うん。そのために、ほとんどの町が生け贄を捧げるようになった。だから僕らも生け贄にされたんだ」
「ーーそうだったの?」
そういえば、まだリナに話してはいなかった。
リナは気まずそうに口元を手で覆い、言葉を逡巡する。
別にもう隠すひつようもないので、僕らが旅を始めるきっかけを話した。
その延長線上にセリンを捜していることも。
話を聞き終えたリナは、しばらく目を瞑っていた。
執拗に額を擦ったり、三つ編みを触って首を傾げたりと、普段の冷静さを保たない姿は多少可笑しくもあった。
しかし、それだけ動揺を与えてしまったらしい。
対照的に、僕らはコーヒーを平然と飲んでいた。
もう昔のことなので、今は気にしていない。
それよりもコーヒーが冷めてしまったことが問題である。
新たにコーヒーを入れ直すか悩んでいると、リナもコーヒーを一口飲んでフッと息を吐いた。
「別に気にすること、ない」
うつむくリナに、エリカは強く呟く。
気持ちを宥めるために。
すると、唇を噛んで頷き、ようやくリナも顔を上げた。
「そう。まぁ、人それぞれだもんね」
きっと思うことはまだあるのだろう。
それをすべて呑み込むように、またコーヒーをクイッと飲んだ。
「でもエリカ。あなたがあの“踊り”を知っているってことは、あなたも同じ側の人間なのかもしれない」
「ーーん?」
突然、神妙な口調になるリナ。
意図が掴めず、またエリカと顔を見合わせ、リナを眺めた。
リナはまた強張っている。
「世界に広がる町に祭りは一杯あるけど、それは大まかに二つに分けることができるのよ。その一つはあなたたちが知ってる通り、生け贄を捧げて“テンペスト”を鎮めようとするものと、もう一つは死者を弔うために踊りを捧げるものの二種類があるのよ」
「……死者を弔う?」
「……テンペストは? あれは危なく思っていないってこと?」
「ううん。そうじゃない。もちろん、テンペストを鎮める意図もあるわよ。けど、それより重要視されることがあるのよ」
「それが弔い?」
リナはそこで目を瞑る。頷くのと同じように。
「でもなんで? 変な言い方だけど、人はいつか死ぬじゃん。それこそ、テンペストが原因で死んだ人もいるはずなのに、なんで?」
「テンペストにおもむきを持っていると、そう考えるのが当然でしょうね。でもそれ以上に……」
「……何かあったの?」
「昔、戦争があったのよ」
死者を弔う祭り…… か。




