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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第一章  6 ーー 月を見上げ ーー

 七十二話目。

   月を眺めてると……。

            6



 迂回を選ぶことで、多少は遠回りになった。

 まぁ、すぐにどこかの町に着くことがないのは覚悟していたので、野宿になることに不満はないけれど。

 澄んだ夜空にたたずんでいるのは、淡い光を放つ満月。

 その存在感は堂々たる威厳さえあった。

 パチパチと火の粉が飛ぶなか、辺りで拾った小枝を折り、焚き火に投げ込んでいた。

 ゆらゆらと揺れる火を眺めていると、疲れもどこかに消えてくれそうで、体は軽くなっていた。

 何より、一人旅仲間が増えたのは大きいかもしれない。

 これまで野宿の飯はすべて僕が用意していたのだけれど、それはリナが受け持ってくれた。

 だからこそ、焚き火に集中することができた。

 久しぶりである。

 誰かに料理を作ってもらい、待っているなんて。


「しかし、本当にあなたも大変ね。毎回、大盛りの料理を作るなんて」

「まぁね。できるだけ多く作らないといけないけど、野宿したときはできるだけ我慢はさせてる。でないと疲れるだろ、やっぱり」

「なるほどね」


 なんだろう。落ち着いてしまう。

 僕は、誰かに愚痴を聞いてほしかったのか? と思うほどに気が楽になっていた。

 しかも、今日は食事のあとにコーヒーまで入れてもらっている。まさに至れり尽くせり、だ。


「悪いな、コーヒーまで入れてもらって」

「今日は特別よ。あなたたちの旅に加えてもらうんだから、その挨拶みたいなものよ」

「ーーん? 今日?」


 何か嫌な予感が走り、首を傾げると、焚き火の向かいで同じようにリナが首を傾げる。

 何? と問うように。


「当然じゃん。ずっとなんて無理よ。明日も野宿だったら交代ね」


 平然と言ってのけるリナに、動揺でまばたきを激しくしてしまう。

 嘘でしょ? と聞いているつもりなのだけど、リナは気にせずコップからの湯気に息を吹きかけ、くつろいでいる。

 もう話は済んでしまったらしい。

 悔しさでため息がこぼれた。

 それが湯気を飛ばしていくものだから、余計に憎らしくなる。

 一口コーヒーを飲むのより、苦く感じてしまう。


「ーーで、あの子はさっきから何をしてるわけ?」


 一気に肩から力が抜けてしまい、コップのコーヒーの波を眺めていると、不意にリナが聞いてきた。

 折れてしまいそうな顔を上げると、リナが焚き火の奥を眺めていた。

 野宿に選んだ場所は見晴らしのいい草原。

 月明かりを大いに浴びる草原の上に、エリカはおもむろに立ちすくみ、月を眺めていた。

 小さな背中を眺めていると、緩やかな風が草原を走る。風に焚き火が揺れ、火の粉が舞う。

 頬が冷たさに触れた瞬間、


 ーー始まる。


 奇妙な確信が全身を駆け巡った。

 風が止む。

 エリカが月の明かりを全身に浴びていた。

 刹那、

 エリカが両手を上げた。

 月に伸ばされた腕が左右に広がられると、腰をゆっくりとくねらせていく。

 踊りが始まった。

 風を体に通すように体をくねらせていく。足でステップを打ち、髪をなびかせ、体を大きく左右に動かす。

 次第に秘めた感情を表に弾けさせていた。

 不思議と風がエリカに集まっていく。

 草を揺らす微かな音色がエリカの足音とシンクロしていく。

 懸命にエリカは踊り続ける。



 普段の踊る姿は、夜風に穏やかに揺れる一輪の花であったけれど、今日の踊りは目の前にある焚き火にも負けないほどの、大きな炎の灯みたいに、力強さを増していた。



 いつもよりも圧倒的な踊りに、いつも以上に言葉を失ってしまう。

 目を閉じることはできない。

 エリカの魅了する姿に、静かに、それでいて胸の内が熱く高ぶっていた。

 ずっと見ていたい。

 素直に願ってしまった。

 久しぶりに始めるんだな……。

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