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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第二部  第一章  4 ーー 二つの地方 ーー

 七十話目。

 どっちにしても、手詰まり。

 情けな……。

            4



 リナの体調に問題がないならば、この町にいる必要はさほどないのだけれど……。

 腕を組み、イスに深く凭れてうなだれてしまう。


「……行く当てがないみたいだね」


 あえて声にしてもらうと、辛い現実が怖くて肩をすぼめてしまう。


 ーーん?


 でも、誰が口にしたんだ?

 声を探るべく顔を上げると、リナの隣りで立っていたアカマが茶化すように首を傾げていた。


「……何か知っているんですか?」


 何かを含む笑みに引き込まれそうに声が出てしまう。

 途方に暮れていたところに、リナも顔を上げ、アカマの様子を伺った。


「ーーえっ? でも前に聞いたときは、ほかには知らないって言ってなかったですか」


 いや、急かすなって。何もまだ言っていないぞ。

 アカマは小さく頷いた。


「あのときはね。でも、君らと話をしてから、ちょっと調べたりしたんだ。そうしたら、意外と忘街傷ってあるもんなんだね」

「そういうものなの? 私は滅多にないものだから、探すのに一苦労してるんだと思っていたんだけど」


 リナは皮肉っぽく言い、首筋を掻いてみせた。


「まぁ、こっちの方は特にそうだね。でも、フギ地方には意外と多いらしいんだ」

「ーーフギ地方?」


 思わずエリカと顔を見合わせ、声を詰まらせた。


「君たちは、ムギ地方の出身かい?」


 戸惑いを隠せずにいると、アカマの問いに頷いた。


「じゃぁ、あまりフギ地方には出向いたことはないのかな?」

「まぁ、確かに。フギ地方は規模も小さいから、ほとんどムギ地方を回っていたので」


 手を止めていたエリカと視線を交わしながら、これまで旅していた場所を話した。

 頭に巡った場所の光景を浮かべて。


「まぁ、フギ地方の町は独特な風習が残っている町も多いって言われているからね。それで僕が聞いた話じゃ、あっちの方にいくつかの忘街傷があるみたいなんだよ」

「……忘街傷……」

「まぁ、僕も実際に行ったことのない場所もあるから、噂程度に聞いてもらってもいいんだけどね」


 アカマも自信がないのか、最後には苦笑していた。

 それでも、今の僕らにしてみれば、藁にもすがる思いである。

 エリカは小さく頷き、リナもこちらを眺めている。


「行ってみる価値はあると思うけど」


 ーーどうする?


 問うよりも早く、リナは結論づける。

 だよな、と逆らう理由はない。


「やっぱり、行く気みたいだね。この前のときも同じ顔をしているよ」

「うん。それが私らの目的でもあるからね」


 皮肉めいたアカマの反応に、リナは自信ありげに口角を上げ、頬を緩めた。


「でも、気をつけた方がいいのは本当だよ」


 高まる気持ちから、今すぐに体を起こそうとしていたけれど、諭すようにアカマは止めて僕らを制した。

 思いのほか険しい表情になるアカマに、高ぶっていた気持ちは急激に冷めてしまう。


「何かあるんですか?」


 冗談を言っている様子ではなく、つい聞いてしまった。不安を隠せずに。


「正直なところ、フギ地方は危うい場所も少なくないんだ。実際テンペストが襲ったり、それに似た黒雲を目撃したって話も、あっちは多いからね。いつ巻き込まれるか保障もないから」


 ……テンペスト。


 なぜだろう。

 とてつもなく懐かしい響きに聞こえてしまう。

 名前を聞いて心が急ざわついてしまっている。

 数年会っていない友人に会ったみたいな、そんな高揚感みたいに。

 本来ならば、僕らは憎むべき存在。

 なんだろ、持ちをごまかせない。

 エリカも手を止め、料理を眺めながらも、唇を強く噛んでいる。

 アネモネとリナの一件もあり、そちらが気がかりなのは事実。放っておく気もない。

 けれど、僕らの目的も忘れたわけじゃない。

 ……テンペスト…… 是非もない。


 ーーどうするの?


 今度はリナが無言で問いかけ、こちらを眺めていた。

 彼女にもこちらの事情は伝わっている。

 静かに頷いた。


「お願いします。教えてください」

 

 フギにムギ……。

 地方のことなんてあまり考えたことなかったな。

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