第一章 6 ーー 閉店した夜に ーー
今回で七話目だけど、
私としてはちょっと嫌な予感がする……。
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「今さら、そんなことを言うなっ」
漆黒の空に満天の星が輝いていた。
じっと眺めていると、星それぞれが何か言いたげに、光を増しているような錯覚に包まれてしまう。
きっと、明日は雨の心配もなく、いい一日になりそうだ、と心を弾ませていたとき、部屋の外から男の怒号が扉を飛び越えてきた。
なぜか自分が怒られたみたいに身震いすると、すぐさま好奇心が高まってしまい、部屋を出てしまっていた。
廊下を見渡しても人影はない。
「もう引き下がれないだろ」
「けどな、やっぱり間違いじゃなかったのか?」
白い壁を眺め、空耳だったのかと疑っていると、またしても男の怒号が聞こえ、店主と思える宥めるような穏やかな声が続いた。
声を探ると、階段の方向に視線が動く。
階段の下から明かりが洩れている。
まだ店を開いているのかと思えたけど、それにしては賑わいがなく、静かすぎた。
クレーマー? それともケンカ?
どこか不穏な空気に誘われてしまい、階段へ体を向かわせた。
足音を殺して。
変な緊張をしてしまい、床の木の冷たさが裸足の裏を伝い、異常に体が冷えてしまう。
なんだろう、子供のころのイタズラをした後を思い出してしまう。
バレないように体を丸めて階段を途中まで降り、一階の様子を覗いた。
やはり店は閉めていたらしく、酒を交わして楽しむ客の姿はなかった。
それでも店の明かりは灯され、一つのテーブルに六人の年配の男女が席に着いていた。
その一人に店主も含まれているのだけれど、表情は浮かない。いや、それは全員が曇っていて、その場の空気が異常に重く感じられた。
「今さら形を変えるわけにはいかないだろっ」
先ほどの怒号の声がまた響く。テーブルの中央に座っている、六十代に見えた男。
どれだけ蓄積されたんだ、と言いたくなるほどの脂肪を蓄えた丸い顔で、着ている服がはち切れそうで可哀想である。
ほかにも、白髪の年配の女が二人。白髪交じりの男が一人に、その男の隣りに店主が座っている。
あと、一際若そうな男が端の席に座り、怒鳴っている肥満男を宥めるように手を差し出し、オドオドとしていた。
今にも泣き出しそうに困っている。
どうやら何かの会議をしているみたいだ。
そのまま部屋に戻るべきだったけど、何が原因で口論しているのか気になり、階段の最上段に腰を下ろして、耳を澄ました。
「しかし、今さら誰かを犠牲にして祭りを行うのもどうかと俺は思うぞ」
「私もそう思います。これまで依り代を使ってきたのですから」
話し出したのは店主。
続けて肥満男の隣りに座っていた女が口を開いた。
祭りと聞こえ、脳裏に広場にある祭壇が浮かんだ。
「だが、それはあくまで依り代。いつまでもまがい物でごまかせるかわからんぞ。そろそろ苦渋の選択も致し方ないのかもしれん」
「そうだ。現に見ろ。近くのリキルでもテンペストに襲われたらしいじゃないか。もうこれ以上、偽物でごまかすのは限界かもしれん。今年は生け贄を捧げるべきなんだ」
神妙な口調で喋るもう一人の女。店主らがその口調にうつむくなか、肥満男の大声がみんなの目をつぶらせた。
「……私は正直、今になって誰かを犠牲にして町を守るのも心苦しく……」
一番若い男が弱々しくみんなの顔を伺って呟くが、肥満男の鬼みたいに眉を吊り上げた顔を見て口を噤んだ。
完全に肥満男が場を掌握している。それは威厳や信頼ではなく、一番醜い暴力に見えてしまう。
「そもそも、犠牲というのが間違いなのだ。町を守るための身柱となる誇り高きことなのだ。それを恥じることも臆することもないはずっ。ワシらが若いころはみな、喜んでいたのだ」
肥満男はテーブルを勢いよく拳を叩き、声を荒げる。
あたかも自分は正しいと高説するみたいに。
しかも、周りの者を睨みつけて。もう威嚇以外なんでもない。
どこが会議なのか。話を聞いていると、胃を搔き毟られているみたいで気持ち悪い。
腹立たしくなり、立ち上がろうとしていたとき、店主が肥満男に手を見せて制した。
「トウゴウ、それは俺らが子供のころの話だろ。今は違うんだ」
肥満男は“トウゴウ”という名前らしい。
店主はゆっくりとした口調で続ける。逆撫でしないように。
「それに、それは住民としての立場だ。身内の話になれば、また違ってくる…… ヤクモ、どうだ?」
店主は隣に座っていた白髪交じりの男に話しかけた。男はそれまでじっと黙り、うつむいていたけれど、声をかけられ顔を上げた。
それって、出番がなかったから?
では、次回も応援よろしくお願いします。