第六章 6 ーー 前途多難 ーー
六十三話目。
目が覚めたんだ。
大丈夫なの?
6
エリカの前に盛られた料理を見て、リナは目を丸くしていた。
「もう、大丈夫なのかよ?」
「ま、多少はまだ痛むけどね」
リナは脇の辺りを擦りながら苦笑してみせた。顔色を見る限り、明るくて安堵した。
「あなたたちでしょ。私をここまで連れてくれたの。ありがと」
「別に気にすることないよ。前は僕らが助けられたんだし」
実際そうである。
リナは「ーーそ」と銀髪を撫でた。
「あ、それとこのメガネ。拾ってくれたのもあなたたち?」
と、おもむろにメガネを取り出し、両手でギュッと握った。
思わず息を呑んでしまった。
それはアネモネがかけていたメガネ。
「ごめんなさい。そのままにしておくのもなんだったから」
どう切り出すか逡巡していると、エリカがリナをまっすぐ見据えて伝えた。
「ううん。気にしないで。そのままにしておくのもなんだったから」
リナはかぶりを振り、じっとメガネを眺めている。
やはり手放すわけにはいかないのだろう。
「ねぇ、実際あれからどれぐらいの時間が経っているの?」
「もう十日経っているよ」
「十日? 情けな。そんなに寝ていたんだ」
「仕方ないだろ。それだけの傷だったんだから。それでも早い方だよ、回復するのが」
隣の席のイスを一つ引き寄せ、腰を下ろすリナ。そのまま頬杖を突くと、溜め息をこぼす。
そこで盛ってあった料理からポテトを一つ取り、口にくわえた。
それを見て、エリカが憎らしそうに口をすぼめる。
文句を言えずに悔しそうにしていた。
「ねぇ、あなたたち、これからどうするの? やっぱり旅を続けるの?」
唐突に核心を突いた問いについ口を噤み、エリカと目を合わせた。
ちょうど今、僕らの考えはまとまったところ。
「僕らの考えは変わっていないよ。“セリン”って人を捜そうと思う。それにはテンペストを追おうと思ってる。けど」
「ーーけど?」
「あのときの話を聞いていて、思ったんだ……」
そこで口を噤んだ。またポテトを口に運ぶ。リナは首を傾げる。
アネモネのことが頭によぎった。
「別にいいよ、気を遣わなくても」
「そっか。じゃぁ続ける。その、あのときの話からさ、アンクルスへ行くのがいいかな」
「アンクルス?」
「ーーそ。私たち、アンクルスを目指すことにするの」
静かにエリカが答えると、リナは驚きで目をキョトンとさせた。
ハハハハハッ
ややあったあと、破裂したように、リナは笑い出した。
「あ、ごめん、ごめん。やけに途方もないことだなって思って」
リナは目元を指で擦って制し、
「今となっては、鍵になる大剣もないし、途方もない旅になるわよ。いいの?」
話しながら、表情は険しくなっていく。
「まぁ、元々、テンペストを追うのも途方もないからね。雲を掴むような話には慣れてるよ」
自虐的にはなるけれど、途方もないことは覚悟の上である。
そこでリナはしばらく思案し、
「ねぇ、それじゃぁ、その旅に私も加えてくれない?」
………?
耳を疑った。
エリカも驚き、フォークを持ちながら目を見開き、硬直している。
聞き間違いか?
途方に暮れていると、リナはこちらを真剣に見ている。冗談を言っている様子は微塵もない。
「私はアネモネを捜そうと思う」
名前が出て、胸が詰まってしまう。
「それって、あの子のことが許せないってこと?」
恐る恐る聞くと、うつむきながらかぶりを振る。
そこで髪を掻き上げるように、頭を抱えた。
「正直、私にもアネモネの行動は意味がわからなかった。なんで、あんなことをしたのかも……」
頭を抱えた手を放すと、テーブルを叩いた。悔しさをぶつけるように。
「だから確かめたいの。ちゃんとアネモネと話がしたい。そのためにはアネモネに会わないといけない。そのためにあの子を捜したいの」
「それで僕らと一緒に?」
「えぇ。あなたたちと一緒に旅を続けていれば、会える気がして。これって、テンペストを追ってるあなたたちにも好都合だって思うんだけど、ダメ?」
首を傾げ、子供みたいに頼んでくるリナ。
僕とエリカは呆然と顔を見合わせてしまう。
どうするべきか、と。
「私はいいよ」
すると、エリカはあたかも一緒に遊ぶ、という雰囲気で快く受け入れようとする。
しかも話はもう終わり、と言いたげに止まっていた手を動かし、肉を口に運んだ。
あぁ、すっごい溜め息がしたい。
まぁ、でも。
「うん。まぁいいーー」
「よし、決まり。よろしくねっ」
返事を聞き終える間もなく、リナは両手をパンッと叩き、満面の笑みを浮かべた。
それは子供の無邪気さが弾け、より子供っぽく見えた。
これまでしっかりとした人物だと思っていたので、意外だな、と驚いていると、またエリカのポテトを奪い、口に運んだ。
当然、エリカは動きを止め、眉間にしわを寄せた。
リナはそれを無視してケタケタと笑うと、エリカは僕を睨んできた。
どうにかしろ、と威嚇するように。
どうやら、この二人と旅をするのは、前途多難になりそうである。
あぁ、疲れそうだ。
前途多難ってことなのか、この先……。




