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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき
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 第一章  5 ーー 旅の目的 ーー

 今回で六話目。

 もっと、ご飯を食べていたい。

 だって好きだもん。

           5



 別に町の方針を責めたつもりはないのだけれど、店主の話を聞いていると迷ってしまう。

 気まずさだけを残して、話題を終えた。



 近くにテンペストの跡なんかが残っていれば、すぐさま町を飛び出したい気分だ。

 けれども、そんな都合よく問題は起きてはくれない。

 幸いなことなんだろうけど。

 どこかに急ぐ理由は見つからず、しばらく町に留まることにした。

 空気を読まないエリカが「動きたくない」と駄々をこねたのも重なっていた。

 店主との間に生まれた透明な壁は見えないのか、と頭を叩きたい。まったく……。

 それでも、快く酒屋の二階に部屋を用意してもらった。

 そこで、町に滞在することで、あらためて住民の様子を伺うことができた。



 町は賑わい、これからの旅に必要な物は充分に補充できた。店の人も、旅人の僕らにも気さくに振る舞ってくれる。

 何気に祭壇を眺めていると、


「祭りを見ていきな」


 と勧められもした。

 やはり町の住民が祭りの取り組み方に微塵の疑念も抱いていなかった。

 昔は後ろめいた事実があるようだけれど、今はただ祭りを楽しもうとしているのは伝わってきた。

 テンペストという忌むべきものを避けるためなのに。



「……テンペストが起きた場所?」


 用意が済んだ昼すぎ、エリカはまたあの大量の料理が食べたいと言い出して、酒屋で昼食となった。

 相変わらず、恥じらいなく大口を開いて食事をしているエリカ。

 みっともなさにげんなりして、圧倒されている店主に尋ねると、店主は訝しげに眉をひそめ、


「何か意味あるのかい?」


 昨日の出来事もある。険悪な雰囲気になるか気になっていたけれど、快く答えたくれた。

 一瞬、エリカの様子を伺った。フォークを口にくわえているけれど、まっすぐな眼差しは僕をしっかりと捉えていた。

 ゆっくりと目蓋を閉じた。


「うん。実はテンペストについて調べてるんだ。あれはなんのために存在して、なんで人を襲っているのかって。それこそ、それがわかれば、対策だってできるでしょ」


 随分、大層な理由だと、自分でも口が浮ついてしまうのは気のせいか。

 今にも笑いそうになる。


 フフッ。


 喉の奥で必死に感情を引き止めていたとき、目の前でエリカが笑いやがった。

 睨んでやると、何事もなかったみたいに、肉を口に運んでいた。目を合わそうとしない。


「テンペストを追ってるってことなのか?」

「まぁ、そうなるかな」


 店主はより訝しげに顎髭を擦って唸ると、


「変わったことしてるな。危なくないか?」

「わかってはいるんだけどさ」


 これなら、エリカと同じ量の料理を食べる方が気が楽だ。

 気まずくて、水を一口飲んだ。


「まぁ、そっちにもいろいろと事情があるだろうけど、気をつけなよ。やっぱり、テンペストは危険だからな」


 反論する隙なんてなく、小さく頷いた。


「そういえば、どこだったかな。前にどこかがテンペストに襲われたって聞いたことがあるな……」


 店主は腕を組み直すと、首を傾げた。


「それって、どこの町ですか?」


 反射的に聞いてしまった。

 エリカの手も止まる。二人して店主の返事を待った。

 期待が向けられ戸惑ったのか、一瞬たじろいだあと、


「なぁ、前にどこかの商人に聞いたよな。あれってどこだった? テンペストに襲われた町って」


 おもむろに店主は後ろに振り返ると、カウンター席で酒を飲んでいた一人の男に話しかけた。

 男は細身の体格であり、背を丸めてカウンターに肘を突いてグラス傾けていた。

 声をかけられ、眉間にしわを寄せながら振り返った男は、店主と同年代に見えた。

 白髪交じりの顔は、酒のせいか紅く火照っていて、目は虚ろになっていた。


「え~と、あれは……」


 男は虚ろな目を宙に彷徨わせ、何か目に見えない物を追ったあと、


「あれはリキルの町だったと思う。確かな」

「ーーリキル?」


 反応したのはエリカ。

 無心でご飯を食べていたエリカが顔を上げ、僕の顔をじっと見つめてきた。

 わかっている。言いたいことは。


「ここから近いんですか、その町」

「おいおい、言ってるだろ、テンペストは危険だって」


 迷いはなく、すぐに席を立とうとすると、店主は驚き、すぐ手の平を見せて制止した。


「でも、僕らの目的はそれだし」


 ここは引き下がるわけにもいかない。

 そのまま立ち上がろうとすると、店主は大げさにかぶりを振り、溜め息をこぼした。


「わかった、わかった。君らにもそれだけのものがあるのは。でも、これから出発したって、日が暮れるだけだぞ。それでなくても、かなりの距離があるんだ。せめて、もう一晩休んで明日にしたらどうだ?」


 どれだけ制止されても、揺らぐことはなかった。そんな態度が漂っていたのか、店主はなかば呆れて頬を歪ませている。


 一度エリカの顔を伺った。


 こいつは今にも出発したそうに釈然とせず、唇を尖らせている。

 けれど、店主の言い分もわかる。

 期待は今にも破裂しそうに胸の動悸を早めている。

 でも、店主の困り顔を見ると、それは焦りがそうしているのか、と迷ってしまう。

 ここは素直に受け入れることにしよう。



 食事を済ませ、二階の部屋に戻ろうと階段を昇っていると、ふと足を止めて振り返った。

 後ろには不機嫌そうに髪の毛先を撫でるエリカがいた。


「そう怒るなって。明日の朝にはここを出るつもりなんだから」

「別に怒ってなんていない」


 低い声が鼓膜に突き刺さる。完全にご機嫌斜め。


「そんなことより、私たちの旅の理由、あれでよかったの?」


 後ろを振り向き、階段の下から洩れる明かりを眺めて呟くエリカ。


 小さく頷いた。


「テンペストを追っているのは間違いじゃないだろ。それにあの人がテンペストに関わっていたら、そのときに教えてもらえたかもしれないし」

「……そうなのかな」



 僕らはある人物を探していた。

 その人は全身を黒いマントで覆っていた。

 顔もはっきりとわからなければ、名前だって知らない。

 漠然とした情報しかない、途方もない話だけれど、そんな人を探している。


 それが僕らの旅の理由。

 好きって、量の問題だよ。

 では、次回も応援よろしくお願いします。

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