第五章 11 ーー 伝えたかったこと ーー
五十六話目。
……意味わからない……。
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待ってくれっ。
と、少女に向かって右腕を伸ばしたとき、光は消滅した。
現実に戻ったんだ、と諦めが襲ったのは、奥にそびえていた山の山肌が剥き出しになっていたから。
そして、少女の姿が消えていた。
ただ、少女が現れる前と少し違っていることもあった。
それは湖の水質。
先ほどまで濁っていたのに、水は澄んでいた。
そこだけは、少女がいたときのままである。
何かを訴えている。
不思議と少女の言葉をそう受け取ってしまった。
テンペストを恐れないで?
恐れるものじゃないなら、なんで町を襲うんだ。
その場に立ち竦み、頭を抱えてしまう。
どうしてテンペストを肯定的に捉えているように感じてしまう。
それはヤマトが伝えたかったセリンの言葉と重なってしまう。
「何が言いたいんだよ……」
ようやく出た言葉は怒りが滲んでいた。
困惑は晴れることはなく、また黙り込んでしまった。
四人ともが。
姉妹にも大事な目的があるらしいけど、納得のいくものを得ることはできなかったらしい。
黙ってうつむく姿から悔しさが滲んでいた。
「……鍵は開いたみたいだね」
困惑に打ちのめされていたとき、沈黙を裂く声がした。
僕たち四人の声ではない。
どこか子供っぽい明るい口調ではあるけれど、心を逆撫でするような、へばりつく憎らしい声。
以前、どこかで聞いたことのある声を辿ったとき、視線は湖へと向いた。
少女が立っていた中心へと。
「ーーお前っ」
さきほど、少女が立っていた場所に立っていたのは、黒いマントを羽織った人物。
姿を見て背筋が冷える。
おそらく遺跡で会った黒マント。
「まさか、君らだけで鍵を開くことができるなんて思わなかったな。感心、感心」
どこか上から目線で人を茶化す口調、子供っぽい声。間違いない。
「あんた、誰?」
手をギュッとにぎったとき、リナが口をひそめる。厚意的な態度ではない。
黒マントに自然と警戒心が高まり、向かい合った。
「鍵ってどういうことだ? さっきの女の子は誰なんだ?」
「女の子? そっか、そうだね。会ったんだね、うん、うん」
わざとらしく腕を組んで頷く黒マント。
故意に間を空けるのが憎らしい。
「教えなさいっ。“鍵”ってなんなのっ。ここはアンクルスの入口じゃないのっ」
「どうだろ? さぁねぇ」
業を煮やしたリナが声を荒げる。
しかし、黒マント相変わらず癇に障る喋り方で受け流してしまう。
本当に憎らしい。顔が見えないだけ、まだマシなのかもしれないけれど。
「だったら、お前の目的はなんなんだ」
怒りを堪え、冷静に聞いた。すると、黒マントは背を正し、
「僕は女神の願いを叶えたいだけだよ」
それまでふざけていた口調の黒マントだったけれど、急に抑揚を抑えた落ち着いた様子を保った。
女神? 女神って誰のことだ? まさか、さっきの女の子……。
「ーーそんなのどうでもいいっ」
迷いが脳裏で駆け巡るなか、リナがそれを遮断する。
「アンクルスに行く方法を教えなさいっ。あんたの喋り方、知ってるんでしょ」
湖の淵まで歩み寄り、責め立てるリナ。
それまでになく、しおらしくかぶりを振る黒マント。
「君がそこまで願うってことは、そういうことなんだって理解はするよ。でも、教えられない。諦めろ」
「ーーはぁ? 何をーー」
「もう、遅いっ」
一歩も引こうとしないリナに、黒マントは冷たく言い切った。
「何よ、それ。そんなの納得できるわけなーー」
「ーーダメだよ」
反論を続けようとするリナの声が途切れ、静かな声が響く。
アネモネの声が。
何が起きているのか理解できなかった。
入ってくる情報が多すぎて頭が追い着けない。
わかっているのは、アネモネがリナに重なるようにくっついて立っている。
「ーーもうダメなんだよ」
アネモネが二、三歩後ろに下がる。
両手は腰の辺りで何かを握っている。
ナイフ……?
ナイフの刃先が赤く染まっている。
アネモネがナイフで……。
頭が混乱していたとき、唐突にリナが地面に倒れた。
アネモネがリナを…… 刺した。
……アネモネ?