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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五章  9 ーー 山の奥に ーー

 五十四話目。

 本当にあったんだ……。

     嘘だと思った。

            9



 驚きの声をもらしてしまった。

 疑っていたわけではないけれど、本当にこの場所に辿り着いたことに驚きを隠せず、息を呑んでしまう。


 ただーー


 そこに赤いドレスを着た少女の姿はなかった。

 当然だろうけど、どこか寂しさもあった。

 さらには多少の違和感がある。

 少女を見たときの湖は澄んでおり、底も見えていた。

 それなのに、今は水は濁り、どす黒い藻が発生して水面を覆っている、哀れな環境であった。

 周りの木々も、どこか葉が少なく、枯れているようにさえ見える。

 まるで、長い年月が経っているように。

 幻で見た光景との違いに唖然としているなか、姉妹は懸命に辺りを探索していた。


「リナ、これっ」


 そんなとき、アネモネが声を上げた。どこか上擦った様子で、すぐさまその場にしゃがみ込むアネモネ。

 離れていたリナもすぐに駆け寄った。

 釣られて僕にエリカもアネモネのそばに走った。

 そこは湖の淵に面した場所であった。

 そこには確か整理された石があった、と記憶が揺さ振っていると、確かに一メートル四方の石があり、アネモネはそれを触っていた。

 やはり石はどれだけの年数が経っているのか、朽ちていた。

 幻と違うのは、周りに生えた雑草が伸びており、幻で見た光景からさらに時が経っているように見える。

 それでも鍵穴らしき穴はしっかりと残っていた。

 アネモネはその辺りを執拗になぞっていた。


「……やっと見つけた」


 リナが安堵にも、困憊にも聞こえる声を洩らした。


「見つけたって、どういうことだよ?」

「……私たちは、これをずっと探していたの」


 なぜか、リナが言った瞬間、その場の空気が静まった。奇妙な沈黙が肌にベタリとへばりつく。

 姉妹が唇を硬く閉じ、真剣な眼差しをぶつけ合う。

 無言の意見を交わしたように、揃って頷くと、リナが担いでいたケースを地面に置いた。

 そのまま側面に設けられた二カ所の鍵を開け、ケースを開いた。


「……お前、それっ」


 現れた物体に目を剥いた。

 ケースに収まっていたのは、一本の大剣であった。

 刃渡り一メートルはあり、幅も二十センチはありそうな刃。

 グリップも太い大層な剣であり、ツバの部分に宝石らしき物が埋め込まれている。

 大剣は厳重にケース内でもベルトで固定されており、それをリナは一つ一つ解いていき、大剣をケースから取り出した。

 見るからに重量である。だから、あれだけケースが重たかったのか。


「私たちが盗み出したのはこの大剣」

「こんな重たい剣。なんのために?」

「それは私たちの目的のためよ」


 大剣を持ったリナはゆっくり立ち、穴の前に立った。


「この先、何が起きるかは私たちにもわからない。ごめんね。二人とも巻き込んでしまうかもしれないけど」


 リナの言葉にさらに緊張が走る。

 一度エリカと顔を見合わせた。エリカは僕を見据え、強く頷く。


 納得するように。


「ありがと」


 それを見て、リナが静かに息を吐く。


「じゃぁ、行くわよ、アネモネ」


 次の瞬間、リナは大剣を両手で掴み、剣先を石の穴へと突き刺した。

 刃の太さは穴にしっかりと合っており、三分の一ほどの刃が入ったところで止まった。

 リナがグッと力を入れても、それ以上は入りそうにない。

 変化は…… なかった。


「何も起きない…… ダメなの? 扉は開かないの?」

「扉?」


 刹那ーー


 穴に刺した大剣にはめ込まれた丸い宝石が急に光を帯びていく。


 その光は次第に強まっていく。


 光は大剣を包む大きさになり、それは留まることなく広がり、大剣を握っていたリナ、その場にいた僕らすらも呑み込んでいく。

 腕で目の前をかばうけれど、光は周辺を呑み込んでいった。

 何が起きようとしているんだ?

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