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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五章  8 ーー 遊ばれる? ーー

 五十三話目。

 なんで、こんなに辛い道なの…… ったく。

            8



 不思議な感覚が体を動かしていた。

 山道を逸れた道なき道を、足場に気をつけながら進む。

 落ち葉が敷き詰められ、カサカサと踏むたびに音を立てている。

 時には木の根を隠しており、足場を惑わす弊害としてはばかって。

 普通に歩くよりも体力を容赦なく奪っていた。


「大丈夫?」


 近くの木にてを当て、振り返る。


「リナ、遅れてるよ」


 アネモネが茶化すように言葉を重ねる。

 リナが一人、少し遅れて数メートル後ろにいた。

 三人で待っていたところに追い着くと、リナは肩を揺らして息を整え、肩にかけていたケースを地面に突き立てた。


「仕方ないでしょ。あんたみたいに軽装じゃないんだからね」


 遅れたことがかなり気にくわないのか、勢いよく文句を吐き捨てた。

 苦笑するしかない。憎らしいほどに睨まれると。


「しかし、でかい荷物だな。そんなに大事な物なのかよ?」

「もしも、これを持ち逃げしようなんてしたら、殺すわよ、確実に」


 と、リナは不敵な笑みを浮かべ、右手を握ったり開いたりを繰り返す。

 冗談でも荷物を持てば、そのまま殴りそうだ。


「なんだったら、持ってみる?」

「ーーえっ? でも大事な物なんじゃ」

「いいじゃん。持ってみなよ」


 罠、なのか、これ?

 言っていることとは正反対なことに戸惑っていると、アネモネまでが不適に口角を上げた。

 それじゃぁ、まぁ……


「ーーぬぉっ…… はぁ~?」


 片手で軽く持ち上げようと、ベルトを握り、力を込めたときである。

 荷物はビクともせず、底が地面から離れてくれない。

 地面とくっついてるのか?


 戸惑いながらより力を込めると、ようやく持ち上げられた。

 結構な重さがあり、ずっと持っていると、腕が悲鳴を上げそうだ。


「はぁっ? へ?  はぁ? ひゃぁ?」


 これを細いリナが?

 困惑の目を向けると、リナはまだ不敵な笑みを崩さない。


「……情けな」


 容赦ない短い罵倒が降り注ぐ。

 エリカである。


「影が薄いだけじゃなくて、非力だったとはね」


 違う、違う、違うっ。


「いや、そうじゃなくて、お前がーー」


 怪力なだけだろ、とは言えず、喉で押し殺した。

 顔の横で拳を握り、満面の笑顔を献上されると。

 これ以上言えば、この拳をお見舞いする、という剣幕に負けてしまった。


「さ、行くわよ。からかうのも、もう飽きたから」


 動揺で立ち竦む僕をよそに、リナは平然と荷物を肩から担ぎ、先に進んでしまう。

 そこにアネモネが同情するみたいに僕の肩をポンッと叩き、リナの後を追った。


「……遊ばれたわね」


 呆然と姉妹の後ろ姿を眺めていると、エリカがボソッとトドメを刺した。


 うなだれるしかない。


「ほら、行くよ」


 エリカの声もどこか冷たく聞こえる。逆らうことはできず、重い足を動かした。



 それからリナが遅れることはなかった。

 やはり、僕をおちょくるための演技だったらしい。

 遊ばれた悔しさを噛み殺しながらも先に急いだ。

 道なき道をやはり、不思議と導かれるように歩いてしまう。


 そしてーー


 姉妹と合流してから一時間ほど獣道を突き進んでいると、深い木々が一斉に開けた。

 眼前に広がる小さな湖。

 湖を見下ろすようにそびえる山は、崩れたのか山肌が剥き出しになっている。


「……ここだ」

 僕が何か悪いことをしたか?

   これはなんの仕打ちなんだ?

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