第五章 7 ーー 気がかり ーー
五十二話目。
そんなに、二人のことが気になる?
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二人の表情は、鬼にでも遭遇したみたいに血相を変え、緊迫していた。
「って、あんた、キョウ? それにエリカだっけ?」
山道の途中で休憩のためか、転がった石に座っていた二人。
声をかけたのが僕だと気づいたとき、二人は胸を撫で下ろすように深く溜め息をこぼす。
「そこまで驚くことはないと思うんだけど」
脅かすつもりはなかったので、憎らしいほど険しい表情の二人に嘆いた。
「あのね、言ったでしょ。私たちこれでも逃亡してるの。そりゃぁ、警戒だってするわよ。いきなり呼び止めるんだから。まして、山のなか。怖いんだから驚くに決まってるでしょ」
なるほど。
確かにそんなことを言っていたか。
安心感からか、憤慨して一気にまくしたてるリナに、圧倒されてしまう。
それに、見上げれば確かに木々の枝葉が生い茂り、陽光が遮断されていて暗い。
怖がって当然なのかもしれない。
「ーーで、あなたたち、どうしてここに? ってか、大丈夫なの、体?」
「うん。体はね。んで、ここに来たのはこいつが気になるって言ったからさ」
また僕の後ろで隠れるように立つエリカ。
横にズレてみるけど、何も言わずにまた僕の後ろに隠れた。
「ふ~ん。そうなんだ」
隠れるエリカに遠慮なくアネモネが笑顔を振る舞うけれど、相変わらずエリカは無言で頷くだけ。
「心配してくれて来てくれたのは嬉しいんだけど、ちょっとお手上げ状態なのよね、私たち」
と、姉妹は困り顔で銀髪を撫で、顔を見合わせた。
「実は、あなたが見たっていう湖を探しているんだけど、どこに行けばいいのか見当もなくて困っていたのよ」
と、うなだれる姉妹。
なるほどね、と辺りを見渡した。
「やっぱり、幻は幻ってことなのかな。諦めたくはないんだけどさ」
「それなんだけどさ、僕、わかる気がするんだよ」
諦めを口にするリナに、すっと言った。
すると、「ーーえっ?」と声を合わせて僕の顔を見てきた。
「はっきりとはわからないんだけどさ、なんか、この山にはあの湖がある気がするんだ。そこまでの道筋も」
「本当なのっ?」
「うん。結構、山道からは外れてしまうけれど、そこにあるような気がするんだ」
話しながら、ふと深い木々の奥を見据えた。
正直言えば、不安はあるし、恐怖もある。
実は手も震えそうである。
すると、後ろで隠れるエリカが手を握ってきた。
振り向き、エリカの顔を伺った。すると、真剣な眼差しとぶつかった。
それは宿屋の部屋でのこと。
「なんか、二人のこと心配しているみたいね」
「何、嫌味っぽく言うんだよ」
呆然と窓の外を眺めていたとき、エリカが茶化してきた。
「ま、ちょっとは心配してるよ。なんか、あの二人、山に入りそうだったから。でも、それよりも気になることがあるんだよ」
「気になること?」
「うん。ほら、さっき言ったろ。変な湖で女の子を見たって。なんかさ、その場所が本当にあの山にある気がして仕方がないんだよね」
「でも、それは「あるかも」ってことぐらいでしょ」
疑いを向けるエリカにかぶりを振る。
「いや、それが意外と道も浮かんでいるんだよね。その湖に行くまでのね。ただ、そこに行っていいのかがはっきりしないんだよね。恥ずかしいけどさ、怖いんだ」
苦笑いしながら天井を情けなく見上げた。
それでも、胸を搔き毟るものが静かにあり、気持ちが悪い。
「ーー行ってみたいんじゃない?」
胸に竦むしこりを気にしていたとき、エリカの言葉が響いた。
振り向くと、エリカは無垢な笑顔を献上してくれた。
「いいのか? テンペストとは関係なさそうだけど」
「それはわかんないよ、行ってみないと。もしかすれば、何かわかるかもしれないし」
「いいのか?」
「いいよ、私は」
そして姉妹を追うことになった。
二人だけのことだけじゃないんだよ。
気になるのは……。




