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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五章  6 ーー 登った先に ーー

 五十一話目。

 私らにとっては、行くしかないわよね。どれだけ険しくても。

 ね、リナ。

 

            6



 まさか二度も同じ山に登ることになるとは考えてもいなかった。

 キョウという影薄男から話を聞くと、じっとはしてられず、アネモネとともに山を登ろうとしていた。


「しかし、何度見ても気味が悪いわね、これ」


 山の麓で足を止め、辺りを見渡した。

 山道へ繋がる直前の大地は、いくつものクレーターとなって地面がえぐられている。

 いくつかが折り重なったクレーターは、地肌を剥き出しにし、以前はあったであろう、草花を奪っていたのである。

 クレーターの端は木の一部がもぎ取られており、その木は無残に倒れてしまっている。

 すべてテンペストの傷跡であった。

 キョウの話の通り、辺りを奪っているみたいである。


 しかしーー


「それにしても、よくこの状況で二人とも助かったわね。普通だったら、一緒に消されてるでしょうに。影が薄くても、それなりの強運みたいね」


 重なったクレーターの中心にあるのが一番大きく、その中心にキョウとエリカは並んで倒れていた。

 当時の状況を思い返すと、つい皮肉がこぼれてしまう。


「でも、ちょっと変だよね、ここの痕って」


 隣でしゃがみ込み、剥き出しになった地面を擦りながらアネモネが呟く。


「どういうこと?」

「う~ん。なんていうか、小さくない、この痕。ほら、これまで何度か見てきたけど、どれも町を呑み込むぐらいの大きさがあったじゃない。まぁ、例外ってのもあるけど、ここのは特に小さく思えるんだよね」


 言いながら立ち上がるアネモネ。手を伸ばして指差しながらクレーターの痕を指でなぞった。


「でも、テンペストを見たって町の人の話じゃ、この辺りを黒雲が覆ってたって言ってたわよ」

「だから、なんか変な感じなんだよね。この辺りだけってのが。もしかしたら、普通の曇天みたいに、強い部分と弱い部分があるのかな」


 口元に手を当てながら考えてしまう。

 指摘されると、疑問が浮かんでしまう。

 クレーターはせいぜい三十メートルほど。

 大した大きさではない。

 それはまるでここを狙ってえぐっているようにも見えてしまう。

 山に登ることを阻むように。

 悩んだ視線が山を捉えた。


「やっぱり、この山には何かあるのかもしれないわね」

「面白そうじゃん、行こっ」


 あんたはどれだけ楽観的なんだか……。

 怯えることなく突き進もうとするアネモネに呆気に取られながらも、後を追った。

 まぁ、目的の物があるかもしれないし。



 山に入り、二十分ほど登り続けたときに、山道に転がる石に腰を下ろした。


「どこにあるのかな。影薄くんが見たっていう湖は」


 奥に続く山道を眺め、肩を揺らしながらアネモネはぼやいた。


「この山を抜けた先って……」

「うん。あっちは情報があまりないからちょっと不安よね。まぁ、それだけ忘街傷の情報が入るかもしれないし、アカギたちから逃げるのにはいいかもしれないけど」

「でも、“こっち側”だから難しいかもしんないけどね」


 正直、舐めていた。


 体力には普通の人よりも自信はあったのだけれど、普通の山道を歩くだけで疲れるとは。

 それとも、悔しいけれど太った? それで体力が減った?

 つい二の腕を摘まんでみた。いや、そんな感触はない。道が険しいだけである。絶対に。

 安堵していると、アネモネがメガネのブリッジを触りながら、不思議そうに眺めていた。

 ゴホゴホッとわざとらしくごまかし、


「仮にその湖があったとしたら、ちゃんとある山道を逸れた場所にあるかもしれないわね」

「逸れた場所って、まさか……」


 メガネ越しに、アネモネが目をすぼめる。嫌がるように。

「そう。あっちよ」


 と、釈然としないアネモネを無視し、私はある方向を指差した。

 山道を外れた険しい獣道を。

 山道と言っても、ちゃんと整理された道ではない。雑草が刈られ、時折、石や大木を地面に埋め込み、簡易的な階段が設けられたていど。

 もちろん砂利道であり、虫がいたり、ゴミが捨ててあったりと、粗雑なものである。

 獣道はそれ以上に酷いものとなっている。

 よく育った大樹の根が剥き出しになって行く手を阻んでいたり、枯れ葉が絨毯みたいに敷き詰められ、足元が覚束ない。

 さらには苔が生えている。黒い大樹に生えている苔は、陽光を浴びて幻想的に光っているようにも見えるけれど、それだけ湿気が多かった。

 木の根のせいで、足元が奪われるなか、湿気臭さが臭覚まで奪いそうで、鼻をつまみたくなる。


「うぇっ。やっぱり?」


 それを理解しているアネモネも、情けない声をこぼし、鼻をつまみ、顔をしかめる。


「でも危険じゃない。道を逸れるってことは、それだけ行く手がないし、迷う可能性だって増えるんだから」


 それまでふざけていたアネモネも、すぐに真剣な表情に引き締めて指摘する。


「わかってるわよ。けどーー」


 瞬間、アネモネと顔を見合わせた。

 ややあって、二人して無言のまま視線を左右に忙しなく動かした。 

 静かにそばに置いていたケースに手をやる。


「……近いよね、これ」

「……油断してた。道ばっかり気にしてて」


 小声で言い合い、辺りの気配を探る。

 風が吹き、木々の枝と葉が揺れる。

 人が嘲笑するように。


「ーーやっと見つけた」

 

 道を外れれば、いろいろとありそうだけど……。

 

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