第五章 5 ーー 見たもの ーー
いつの間にか、五十話目。
これって早いの?
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「なるほどね。あなたたちはあなたたちで、問題は山積みってことなのね」
「まぁ、そうなるね」
セリンを捜し、テンペストを追っていることを伝えると、リナは労うように言う。
「じゃぁ、なんであの山に行こうとしたの?」
「……それは」
当然な問いかけにふとエリカを見た。
「……それ…… テンペ……」
今になって壁を発生させるエリカ。
それまで普通に喋っていたので、突然の変貌に驚いた姉妹はキョトンとしていた。
大丈夫、と手の平を見せて制し、
「ちょっとした勘でね。あの山にテンペストが起こりそうな感じがしたんだ。それで向かっていたところだったんだ」
「何それ? やけに楽観的な判断ね。そんなので見つかるの?」
訝しげに首を傾げるリナ。まぁ、当然の反応である。
「まぁ、それが僕らのやり方って感じだしね」
実際、九割はエリカの勘に任せているので、こう説明するしかない。
「ふ~ん。まぁ、人それぞれだし、いいんだけど。で、実際にテンペストに襲われたんだ。ねぇ、そのとき何があったの? これ、率直な疑問なんだけど」
首を傾げるリナに、言葉を失ってしまう。
上手く説明ができない。
エリカもかぶりを振る。
「ごめん。上手く説明できないんだ。なんか、変な幻みたいなのは見たみたいだけど」
あの湖で見た赤いドレスの少女のことが脳裏に浮かんだ。
「なんか、変な湖みたいなところで目が覚めたんだ」
「ーー湖?」
「ーーそう。そこがどこなのかはもちろんわからないけど、変な場所だった」
「どんな場所だったの?」
「よくわからなかったけど、その湖の縁に、変な石があって。なんだろ、そこに変な穴があったんだ。なんていうか、これぐらいの細い、大きい鍵穴みたいなのが」
そこで指を広げ、穴のサイズを見せた。
「それに一番奇妙だったのが、そこで一人の女の子が現れたんだ。そうだな、なんか雰囲気はこいつに似ていたんだけど、赤いドレスの女の子が」
ふとエリカに視線を移した。突然見られ、エリカは驚いて顔を背ける。
何か言っていたんだけど、意味がわからなかった。
曖昧になっている記憶を説明していると、姉妹は三つ編みを触ったり、首筋を擦ったりして、何か試案している様子だった。
「心当たりでもあるのか?」
「いいえ。期待に応えられるだけのことは持っていないわ。その赤いドレスの女ってのも検討がつかない。でも、興味はあるわね」
リナの目に光が灯るのを見逃さなかった。
「ねぇ、それってあの山にあったんだよね。それってどの辺りかわかる?」
「いや。気がついたら、その場所にいたから。でも周りを見る限り、山のなかではあるだろうけど、なんで?」
「その鍵穴ってのがちょっと気になって。もしかしたら、私たちの探している物に関わりがあるかもしれないから」
「忘街傷に? でも、周りは深い山で町の様子はなかったけど」
期待を口にするリナであるけど、水を差すことを言ってしまった。
「本当に体は大丈夫なの?」
リナとアネモネが部屋を出て行き、ややあってから、エリカが心配そうに聞いてくる。
ふと、腕を伸ばして体をほぐした。
「うん。体は楽になってきた」
最後に腕を前にグッと伸ばした。
「でもよかったの? 私たちの旅の目的、話しちゃっても」
「まぁ、別に邪魔されるようなことは言われてないし、大丈夫だろ」
不安から唇を噛むエリカの肩をポンッと叩き、不安をごまかしておいた。
「それに、悪い二人じゃなさそうだしな」
エリカの腕を掴み、姉妹が立っていた扉付近を眺めた。
「ヤマトのこともあるから?」
「かもな」
「あの二人、もしかしたら、あの山に登るのかな」
「……可能性はあるな。なんか興味があるようだったから」
姉妹が部屋を後にしようとする直前、意識はすでに山に傾いているのは感じていた。
あまりいい気分ではなかった。
テンペストに遭遇したのもあるけれど、やはりあの幻が強く恐怖を植えつけていた。
今になって赤いドレスを着た少女の姿がくっきりと脳裏に浮かび、息を詰まらせた。
それでも二人を止められなかった。
ふと窓を眺めてしまう。
「なぁ、またテンペストは起きると思うか?」
「しばらくは大丈夫だと思う」
あの黒雲が嘘みたいに晴れた空に、エリカの明るい声が溶けていった。
助けてもらった恩義はあるけど、ちょっと気にはなるよな。




