第一章 4 ーー 人はテンペストに…… ーー
誰にだって、怖いものはあるってこと……。
じゃぁ、五話目。
4
誰にだって遭遇したくない災難はある。
最初はただの曇天だとみんな疑って流していく。
遠くに見える曇天は行き先を忘れたみたいに一定の場所に留まり、黒い柱を地面に植えつける。
遠くから見詰める誰もが、嵐が町を襲ったと疑わない。
雨の被害は大丈夫だろうか、と冷めた目で。
激しい雨風が大地に叩き落ち、降り注ぐ銃弾みたいに住宅を打ち潰す。
雷雨はやがて大きな川となり、大地を削り住宅を、さらには町自体を呑み込んでいく。
曇天が大きな口を開き、町を吸い上げているように。
人は曇天が薄れていき、晴れ渡る空が顔を覗かせたとき、ようやく気づかされる。
嵐じゃないかも、と。
町は大丈夫なのか、
家は流されていないだろうか、
人は無事なのだろうか、と。
曇天に襲われた町を眺めて。
みんな認めたくない。
曇天を“それ”と認めることは、そこに町が消滅したことを認めなければいけないから。
だが、認めざるを得ない。
そこに町が消え去ってしまったのなら。
重苦しい黒雲。
前触れもなく現れる“それ”は、慈悲もなく大地を荒らし、呑み込んでいくことから、“町喰い黒雲”とも恐れられていた。
テンペストを。
天災とも呼べるテンペストに対処する術を人は持ち合わせていなかった。
災害は神のイタズラか天罰なのか。
いつしか、テンペストを鎮める方法として、神に祈りを捧げ、鎮めることになっていた。
その形が様々な祭りの形として広がり、世界にいくつもの“祭り”として残るようになっていた。
人は誰かを犠牲にして、安住を求めることもしばしある。
人の命を生贄として捧げる形もあった。
「あれはこの町での祭りの形なんだよ」
「ーー形?」
「ーーそう。あの壇上にある木があるだろ。あれは“依り代”なんだよ。ああして人に見立てて、祭りの日に捧げるんだよ」
「じゃぁ、犠牲になる人っていないの?」
誇らしげ目を見開き、祭りの形を告げる店主に、つい疑念が生まれて、水を差してしまった。
一瞬、店主の頬が引きつったのを見逃さなかった。
失敗した……。
口を突いてしまったことを後悔し、イスに凭れ、コーヒーを一口飲んでごまかした。
今こそエリカに突拍子のないことでも言って助けてほしかったけれど、エリカは気にもせず、イチゴを頬張り、満面の笑みを献上してきた。
わざとだ。
嫌味かよ。求めてるのはそれじゃないんだよ。
ーーん? とキョトンとしているエリカに嘆きたくなる。
「けどな、俺たちはこの祭りを悲観的に見てはいないんだよ。この祭りは神に祈りを捧げているんだからな」
「そりゃ、そうでしょ。誰かが犠牲になるわけじゃないし。僕らが聞いた話じゃ、生け贄を出すってところもあるみたいだし」
祭りとは名ばかりで、人を犠牲にすることも知っていたので、ぼやいたときである。「そうだな」と店主が口を噤んで顎髭を擦った。
どことなくあった威圧感は薄れ、どこか落ち着かない。
そういえば、悲観的って?
「近くの森にあった祭壇は何か関係あるの?」
聞いたのはエリカ。
先ほどのやり取りと違い、饒舌に話すエリカに店主は戸惑い、少し仰け反っていた。
エリカは平然とアイスを食べてスプーンを口にくわえる。
珍しい反応であったけれど、それ以上に店主の様子がおかしい。どこか視線を逸らし、気まずそうにしている。
確かに広場の祭壇と似ているのだけれど、何か関わりはあるのか、それ以前に本当に突拍子のないことを言うのだから。
「ーーそっか。あれを見つけたんだね、君らは」
耳を疑ってしまう。
エリカもそうだけど、店主が不自然に首を擦っている。
「何か関わりがあるんですか。あれと?」
「あぁ。実はあれは昔に使っていた祭壇だよ」
「使ってた? 今はもう使ってないんだ」
「まぁね。いろいろとあってね」
険しい表情はどこへ行ったのか、店主からは覇気がなくなり、執拗に目を泳がせている。
動揺して、何かを隠しているようにも見えてしまう。
「誰かを犠牲にしてた、とか」
まったく。どうしてこういうことは容赦なく出てくんだよ。
人見知りはどこに行ったのか、核心を突きそう言葉はスラスラとエリカは言う。
本当のことなら、結構辛い話なんだけど。
店主の様子を伺っていると、観念したのか唇を噛み、
「……十年ほど前まではね」
「……本当だったのかよ」
「……昔は町で選ばれた子があの森の祭壇で、ね。まぁ、昔の話だ……」
捉え方は町それぞれ、か……。
では、次回も応援よろしくお願いします。