第四章 8 ーー 胸が騒ぐ ーー
四十四話目にして、久しぶりに登場、アネモネです。
私たちの旅も終わってないから。
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あまり、いい気分ではなかった。
デネブで祭りがあると聞いて、アネモネと一緒に建物の一角で腕を組み、眺めていた。
ウォォッ ウォッ ウォッ ウォォッ ウォッ ウォッ
赤いドレスを身にまとった少女が祭壇に昇ったとき、取り憑かれたみたいに住民が叫び出した。
かけ声に胸が詰まる。
獣の咆哮みたく聞こえる声。
何かに取り憑かれたみたいに踊る少女の姿。
私にはそのすべてが胸をえぐるようなざわめきに聞こえる。
ふと横に立つアネモネを眺める。
アネモネは一心に少女の踊りを眺め、焚き火に照らされた赤い頬を涙で濡らしていた。
「ーーん? どうかした?」
朝食のクロワッサンを千切り、嬉しそうにポンッと放り込んだアネモネを眺めていると、不思議に目を丸くされた。
昨日、なんで泣いていたの?
とは聞けず、紅茶を飲んでごまかした。
メガネ越しの無垢な目を見ていると、邪推に感じてしまう。
言葉が喉を通らず、「ううん」とごまかした。
「それで、これからどうする?」
こちらの心配をよそに、赤いウインナーをフォークで刺しながら聞いてくる。
それもまた「う~ん」と曖昧に返事をしてイスに深く凭れた。
手にしたカップの紅茶の波紋をじっくりと眺めてしまう。
「正直、悩んでるのよね。このまま忘街傷を探してもいいし。どうも、この辺りは遺跡が多そうで、手がかりもありそうだし。けど……」
「ヤマトって子のこと?」
神妙な声で聞いてくるアネモネに、無言で小さく頷いた。
自分たちにとっては、忘街傷のことを調べるのが最優先であるのは変わらない。
けれど、アルデバで会ったヤマトの最期に立ち合ってしまうと、考えてしまう。
彼が捜していた影薄男と、人見知り大食い女を捜して、彼の言葉を伝えるべきか。
そこまでお人好しになる必要なんてない、と半分は割り切ろうとしても、煮えきれないでいた。
気持ち悪いのよね。放っておくのが。
「あそこまで必死になられると、相当のことだと思うからね」
「そこまで悩む必要ないんじゃない? 基本的に忘街傷を探して、途中で二人に偶然でも会えればいいって感じで」
「あんたねぇ」
ウインナーを食べ、フォークを揺らしながら、楽観的に話すアネモネ。
その気楽な性格が羨ましくなって、うなだれてしまう。
「それにさ、その二人ってテンペストを追ったり、祭りを調べたりしてるんでしょ。だったら意外とこの町に来ていて、昨日の祭りも見ていたかもよ」
「そんな偶然、あるわけないでしょ」
突拍子のない期待に呆れ、つい笑ってしまう。
「これだったら、もっとカサギを追い詰めておいてもよかったね」
「それは無理だったと思うよ。あいつは本当に何も知らないだろうし」
「まぁね。あいつは本当に小物だったから」
「やっぱ、奇跡的な偶然を望みながら、忘街傷を探していくしかないわね」
どこか、諦めた口調で呟くと、ふと店の窓を眺めた。
空はどこか機嫌が悪いのか、黒雲が広がっていた。一部が特に黒い。
「なんか、今日の天気、いつもとちょっと違うことない?」
どこか黒さが際立って見えるのは気のせいか、と眉を歪めた。
「ヤバいな。あれはもしかしたらテンペストの雲かもしれない」
不気味そうに眺めていると、隣の席でくつろいでいた男が呟いた。
「それって本当なの?」
アネモネが首を伸ばして聞いた。
「あぁ、多分ね。ほら、あの山の麓が見えるかい? あの辺は危ないかもね」
「それにしてはやけに落ち着いているのね。あなたも、ほかの人も」
皮肉ではない。
本当に率直意見である。この男も、ほかの客も危険を感じてなさそうであった。
男は怒ることもなく、屈託に笑い、
「この町は大丈夫だよ、きっと」
その自信はどこから生まれるのか。
口には出さなかった。ここで住民とぶつかるのは得策じゃない。
「とは言え、近づかないほうがいいよ。やっぱり危険だし」
「えぇ、それは」
「しかし、ちょっと心配でもあるんだよね」
「何かあったんですか?」
「いや、今朝早くにね、二人の子があの山に向かったって聞いたんだよ。その子ら、巻き込まれる前に抜けていればいいのになって思ってね」
「テンペストに近づいた人がいるんですか?」
そんな無鉄砲な人……。
「らしいよ。男の子と女の子らしいけどね。男の子は普通の子らしいけど、女の子は今朝、五人前ぐらいの朝食を食べてたって言っていたな」
「大食い女」
ちょっと胸が騒いだ。
久しぶりだからって、騒がない。
そうでなくても、ちょっと悩んでるのに……。




