表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/352

 第四章  7 ーー 赤いドレスの少女 ーー

 四十三話目。

 ここはどこなの?

            6



 確かに呼ばれた気がした。


 エリカだろうか?


 でも、エリカはそばにいたはず。それなのに遠くから呼ばれた感覚があった。

 雨は止んだだろうか。

 頬が濡れている。頬を拭ったとき、目を開いた。

 木の葉が揺れ、雨粒がまた頬を濡らす。

 あれ? いつ寝てしまったんだ?

 急かされる体を起こした。

 いつ眠ったのかなんて覚えはないのに、確かに眠ってしまったらしい。

 軽い頭痛が睡魔を衰退させるいい薬になっていたけれど、やはりすっきりとしない。


 エリカは?


 額を手で押さえていると、エリカの気配がなく、辺りを見渡した。

 息が詰まってしまう。

 テンペストに襲われたとき、山の麓にいたはず。


「……どこだよ、ここ?」



 目に飛び込んできたのは、剥き出しになっていた山肌。

 岩みたいなゴツゴツとしていて、地層が何重にも折り重なった肌色が見える。

 地面も整備されておらず、雑草が無造作に生えている。雨に濡れた葉は、青々と粒を光らせている。

 どこかの山中にいた。

 ここは登ろうとしていた山だろうか。

 エリカはやはりいない。

 おもむろに立ち上がり、山肌や木々を眺めていると、木々の隙間から風が抜けてくる。

 風に誘われ、木を伝いながら山の中腹へと進んでいく。

 空はテンペストは、と疑うほどに晴れていて蒸し暑い。額の汗を拭いながら進んでいると、視界が広がる。

 眼前に小さな湖が広がっていた。

 遠くにはまた剥き出しの山肌が見えている。思った以上に山は深いらしい。

 エリカは?

 勝手に歩き回っていたせいか、エリカはいない。


「……どこに行ったんだ、あいつ」


 踵を返し、引き返そうとしたときであった。

 湖の麓の部分に、何かの石があることに気づいた。

 短い雑草に紛れて隠れている石。

 なぜか引きつけられ、石のそばでしゃがみ込んでしまう。

 石は一メートル四方の、綺麗に整理された石。

 それは地面に埋め込まれており、石の上面だけが地上に出ていた。

 これは祭壇か何かだろうか?

 ツルツルとした石を撫でながら、そんなことを考えてしまうけれど、すぐに疑念が邪魔をした。

 祭壇にしてみれば、あまりに小さい。

 不可解な石に疑念を強めていると、より眉をひそめてしまう。

 石の中央付近に、奇妙な穴が存在していた。

 穴の部分を撫でてみた。

 穴は十センチほどの“一”の形をしており、黒い穴を眺めていると、意外にも深い。

 穴の縁は所々が欠け落ちている。かなりの年季が重なっているようにも見えた。

 それは十年、二十年の単位では計れないほどの腐敗加減である。穴の縁には雨風に侵食され、苔まで生えていた。

 この石だけが何百年はここに生き続けているように。

 穴を指でなぞっていると、首を傾げたくなる。


「……まるで鍵穴だな、これ」


 指にについた苔を擦って落としながら呟いた。

 こんなとき、エリカなら「バカ」と茶化すだろうと自嘲していると、微かに人の気配がすっと頬を撫でた。

 花の綿毛が触れるように優しく。


 エリカか?


 不思議であった。

 この数分、エリカの姿を見ていない。

 今になって急激に不安になって顔を上げた。


「……エリカ?」


 顔を上げたとき、一人の人影を見つける。

 すぐに怪訝に眉をひそめる。

 見つけたのがエリカではなかった。

 見つけたのは一人の少女。どこか遠くを眺めている横顔を捉えた。

 容姿はエリカに似ていた。

 長い黒髪に、目尻が吊り上がった細い目は、意志が強そうに見える。

 鼻筋も高く、美人であった。

 離れていても、肌の白さが目立っていた。

 赤いドレスを着ていて、少女の肌白さはより際立っている。

 一瞬、昨日の祭りで踊っていた少女が重なってしまった。裾の長いドレスも似ている。

 誰だ? と問おうとして言葉が喉に詰まる。

 少女はどこに立っている?

 自問しながら、目を疑ってしまう。

 少女は湖の中央に立っていた。水面の上で素足のままで。

 少女を中心に、水面が緩く波打っていた。


「……あんた、誰なんだ?」


 湖の縁に進み、弱々しく呟いた。少女まで距離がありながらも。

 声は届いてくれたのか、少女はこちらに向いた。

 まっすぐな眼差しが痛い。


「……ねぇ、どうすればいい?」


 透き通る声が鼓膜に届く。少女がゆっくりと口を開いた。


「なんのことだよ、急に?」

「ねぇ、この争いはどう止めればいいんだろうね。私にもよくわからない…… ほんと、こんな力なんかなければよかったのに」


 こちらの声は届いていなかった。

 少女はこちらを見ているけれど、僕の後ろ、遠くを眺めるように喋っている。

 それも、誰かに話しかけるような穏やかな口調で。


「何、言ってるんだ、お前?」


 会話が成り立っていないのは痛感してしまう。

 けれど、つい聞いてしまう。

 少女はそこで目尻を下げた。

 悲しそうであり、苦しそうに眉をひそめる。


「……わかってるんだよ。目を背けることはダメなんだって。どれだけ辛くても、前を向かないとね」


 少女は辛そうでありながら、強い眼差しをぶつけてくる。

 伝わらないと知りながら、聞いてしまう。

 一方通行の問いかけのはずだった。それなのに、少女は僕の問いに答えるように笑った。

 首を傾げ、恥ずかしそうな、儚い笑顔を弾けさせた。

 これってなんだよ……。

  誰なんだ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ