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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき
42/352

 第四章  6 ーー 住民の自信 ーー

 四十二話目。

 黒い雲は嫌い……。

            5



 少女の踊りは夜通し行われていた。

 ずっと踊り続け、フラフラとなった後、倒れるように踊りは終わりを告げた。

 そこに住民の歓喜が爆発するように弾けた。

 それでも最後まで気が気でなかった。

 いつ剣を持った男が少女に襲いかからないか、と。

 その不安は杞憂となって終わってくれたけれど。



 次の日の朝。

 まだ町は祭りの余韻が残っていた。

 朝から外に出て動く人々の表情は誰もが晴れ晴れとしていたのである。

 その明るさには、テンペストの恐怖は微塵にもない。


「君らは昨日、ここにいた子だね」


 誰もいない閑散とした祭壇を広場で眺めているときである。

 誰かが話しかけてきた。

 振り向くと、昨日ここで注意を受けた老婆が立っていた。


「昨日の祭りは見たかい?」

「はい。あんなの初めてでした」


 驚きは隠せなかった。

 声を弾ませる僕に対し、老婆は満足げに頬を緩めた。

 ただ、祭りの圧巻さに驚いてではない。

 捉え方に言葉を失っていたのである。


「ああして選ばれた子が、夜通し踊り続けることで、神に感謝を伝えているんだ。神に対しての感謝は倒れても足りないぐらいですよ、と」


 老婆は祭壇を名残惜しそうに眺め、目を細めた。

 同じように祭壇を眺めたけれど、やはり違和感を拭えることはなかった。

 どうも、神の信仰に依存しているとしか思えず、その深さには恐怖すら抱いてしまうほどに。

 現に今も老婆は、拝むように手刀を切っていた。


「やっぱり、この町の人は、テンペストを恐れていないんですか?」


 これだけはしっかりと確認したかったのだけど、問われると、老婆はあからさまに頬を歪め、


「テンペストはこの町を襲うことなんてないよ。絶対に」


 と強く断言すると、それ以上のことは答えないと言いたげに、唇を強く噛み、僕から顔を逸らした。



 しばらく祭壇を眺めた後、老婆は何も言わずにその場を離れて行った。

 どうやら僕のしつこさに呆れたか、憤慨したのだろう。


「なんか、あのお婆ちゃん、嫌い」


 苦笑いをこぼした。

 容赦ないエリカの憤慨が思いのほか声が大きくて。


「まぁ、そう言うなって。この町では、あの考えが普通なんだよ。きっと僕らの方が異物なんだよ、ここでは」


 すべてを否定されて、納得できないのも少なからずある。怒りを何かにぶつけたい衝動だってある。もちろん。

 でも、今は違うことは理解している。


「こんな町、テンペストに襲わーー」

「それ以上は言うなって。怒りたくなるのはわかるけど」


 唇を尖らせるエリカの肩をポンポンと軽く叩いて諭した。

 エリカは納得できないのか、プイッと顔を背けた。


「でも、冗談でも脅しでもないからね」


 どうも怖い話し方をするエリカ。

 気になっていると、エリカは真剣な眼差しで腕を伸ばして指差した。

 釣られて視線を動かすと、エリカは町の遠くに見える山を指差した。


「……あれって」


 その山は昨日、あの老婆が言っていたテネフ山であった。

 確か、神の休憩所と呼ばれていると言っていた。


「この前に見た遺跡、私、間違っていたかもしれない」

「間違うって何を?」


 怯えた目で山を捉えるエリカ。


「あの遺跡をテンペストが襲ったのは、もしかしたら、随分前だったのかもしれない」

「どういう意味だ?」

「感じる。なんか、あの山の付近でテンペストが起きそうなのを。私が感じていたのって、もしかしたら、そのことだったのかもしれない」


 エリカは不穏なテネフ山をじっと睨んでいた。



 疑いを持って眺めているせいか、山を眺めていると、山頂付近に禍々しい空気が渦巻いているような錯覚に陥った。

 町を出て十分ほどが経とうとしていた。

 次第に頬を掠める風が強まっていく。


「……今度ばかりはヤバいのかもな」

 自然と弱音がこぼれてしまった。

「でも、もう後には引けないから」


 不思議とエリカの方が強気で、足にも力が入っていた。



 またしばらく歩いていて、ふと山を見上げたとき、ふと足が止まり、息を呑んでしまう。

 山頂付近、それまでは薄く白い雲が帽子を被っていただけだったのに、いつしか白が黒く侵食されていた。

 それも薄い綿あめほどだった雲が重く分厚い曇天が広がっていた。

 薄気味悪い黒雲を眺めていたときであった。頬を濡らすものがあった。

 雨。

 降り出したのか、た眉をひそめた瞬間、山頂付近でしかなかった黒雲が瞬く間に僕らの頭上にまで裾を広げ、太陽を隠してしまった。

 まだ朝だったはずなのに、辺りは闇が支配していた。


「……これって」

「……うん。テンペスト。多分」


 テンペストは普通の天災じゃないことは、身をもって理解していたはずなのに、頬を濡らす雨が恐怖を高ぶらしていく。

 逃げないといけない。

 わかっている。


 けれど、動けない。


 ずっと曇天を見上げてしまっていた。

 それはエリカも一緒だった。右手をギュッと握り、頬が冷たくなるほどに、手にこもる力が強まっていく。

 雨は次第に強まっていた。

 それでも僕らは動けなかった。

 テンペストが…… 起きる…… のか?

    

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