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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第四章  4 ーー 祭りの捉え方 ーー

 四十話目。

 足りない? 

  足りないって何がよ……。

            3



 神の休憩所?

 初耳である。

 そもそも、神とテンペスト。どういう関係があるのか、頭に“?”マークが浮かんでしまう。


「私らも、商人なんかから聞いたりするよ。各地で行われている祭りはテンペストを鎮めるために、命を捧げるもの。と捉えている町がほとんどだって。でも、それ自体が間違っているんだよ」


 老婆は嘆くように、深い溜め息をこぼした。


「神への感謝がそもそも足りないんだよ。だからテンペストに襲われる。ちゃんと感謝をしていれば、襲われることはないさ」

「テンペストに襲われた町は、感謝が足りていないのが悪いと?」


 少し嫌味っぽく指摘してみた。すると、老婆は躊躇せず力強く頷く。


「それじゃぁ、この町はテンペストに襲われないって言いたいの?」


 エリカは抗うように尋ねる。

 どこか責め立てる言い方に、老婆も表情を曇らせた。


「それこそ、ただの言いすごし」


 エリカも一歩も引かず、乱暴に吐き捨てた。


「何が言いたいんだい?」


 温厚に聞いてくる老婆。

 それでも怒りを必死に堪えているのは、言葉の節々から伝わってくる。


「この町に来る途中、テンペストに襲われていた場所を見た。それもすぐ近くで。だから、この町だって襲われてもおかしくない。絶対に大丈夫なんて保証はどこにもない」


 そうだ、そうなのだ。

 保証なんてない。どの町もテンペストに襲われるかは、綱渡りみたいなもの。

 それなのに、老婆は不安の色を微塵にも見せなかった。

 むしろ、堂々たる態度は、「襲われない」という自信にしか見えなかった。


「そうかい。もしかして、君らはテンペストに何か怖い思いがあるようだね」

「……別に、そんなことは」


 すると、老婆は急に哀れむようにうつむいた。

 どこか同情する仕草が鼻につき、思わず否定した。


「だったら、君たちも祭りを見ていくといい。あの壮大さを目にしたのなら、きっと考えが変わって気持ちが晴れていくから」


 老婆としては厚意での言葉だったのかもしれないけれど、どうも嫌味にしか受け取れず、胸の内がずっとざわついてしまった。



 どの町も、祭りに対しては様々な思いを持っていた。

 それはどこか祭りに対して、依存しているとも捉えてしまう。


「どうするの。やっぱり壊す?」


 老婆と別れた後も、じっとその場に留まり、祭壇を眺めていると、相変わらず楽しむような声で、エリカが聞いてくる。


「いや、止めておこう。ここでは誰かが犠牲になるわけじゃないみたいだから。それに、一言を立てない祭りってのも気になるし」


 老婆を疑っているわけではない。

 ただ自分の目で確かめてみたくなった。人柱のない祭りを。


「それより、お前はどうなんだ?」


 唐突に話を振られたエリカはキョトンとしている。


「もうテンペストの雰囲気は感じないのか?」

「あ、それ。うん。今はない。多分、あの黒マントに会ったところがやっぱり、そうだったんだと思う」

「……黒マント……」


 そうだ。その問題が残っていたんだよな。


 セリン。


 あの人のこともまだ何もわかっていない。

 黒いマント姿を思い出し、また頭痛に襲われそうである。

 その日はずっと考え込んでしまった。


 この町のこと。

 祭りのこと。


 どうして町の住民は祭りの捉え方が違うのか、と。

 それに、ならばなぜ人柱がいない祭りがほかの町に浸透してくれなかったのか、と。


 そして、あの人のことを。


 黒マントから告げられた名前が本当にあの人の名前なのか、信憑系なんてない。

 けれど、どこか腹立たしくもある。

 すべてあの黒マントの手の平でもてあそばれているような胸苦しさに。



 結局、そのまま大した情報を得ることはなく、時間だけが空しく流れていき、次の日の夜、祭りの開始を待っていた。

 緊張にも取れる不思議な空気が漂っていた。

 三日月が淡く町を見下ろすなか、祭りは始まろうとしていた。

 犠牲のない祭り。

   本当にそんなことが……。

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