第一章 3 ーー 食事は大盛り。それは当たり前 ーー
人見知りって、悪いの?
はい。四話目。
3
つい三十分ほど前のことである。
テーブルの上には色とりどりの料理が並んでいた。
香ばしく焼かれた肉、白身魚のソテー。山盛りに盛られた野菜。
豪勢な食材のなか、特にエリカはポテトのフライが好きだった。
もちろん、今日も頼んでいた。
でも今はそれらがすべて空になり、店主が嬉しそうに皿を引き下げたところである。
もう食べられない。
九割はエリカの胃へ吸収されたことに唖然として、目をショボショボさせていた。
いや、見ているだけで胃が疲れてくる。
「よくまぁ、あれだけ食えたな。信じられないぞ。何人前あったんだ?」
「美味しかったから、つい。でも、デザートならまだいける」
半ば嫌味を込めていたのだけれど、エリカには通用せず、目を細めてピースサインを献上されてしまった。
……信じられない。
しかも、まだお腹を擦っって余裕を見せるのだから、相手にするのも疲れそうであった。
呆れて頬杖を突き、窓の外を眺めた。
否応にも、不可解な祭壇が飛び込んできて、唇を噛んだ。
酒屋は昼間の賑わいが落ち着き、静かになっていた。客の姿も気づけば僕ら以外、カウンターに一人の客がいるだけ。
カウンターの奥では店主が皿洗いをしている。店主のどこか間の抜けた鼻唄が微かに聞こえる。
この町に来たときに抱いたのは、閑散とした寂しさだった。
町をどこか重い寂しさが包み込んでいるようで、肌寒さが否めないでいたけど、勘違いみたいだ。
すれ違う住民はみな明るく、そんな息苦しさはなかった。
町の建物を見ても、整備は行き届いており、困窮している様子はない。
なんだろう? それでも、闇に紛れた“寂しさ”は拭えない。
あの祭壇を眺めていると、あれが原因なのか、と疑いたくなるほどに。
祭壇の前に立ったのは酒屋に入る前。
何が奉られているのか、と興味が湧いて眺めてしまった。
木製の祭壇。
中央に壇上に上がる階段があった。
森で見つけた物には、壇上に錆びた剣が刺さっていたが、この壇上にも二本の剣が刺されている。
しかし、こちらは真新しい剣らしく、陽光によって刃が青々と光っており、森とは違い、壇上の両脇にまっすぐ刺されていた。
そして、壇上の中央には、一本の木が置かれていた。
百五十センチほどか、伐採された木の幹が壇上の中央に立てて置かれ、両脇に挟むように剣が刺されていたのである。
奇妙なのは、この木に服が着せられていたことである。
木に白い上着が着せられて気味が悪い。
形として子供の首がないように見えてしまう。
町で一際異質な祭壇に、首傾げていたのだけれど、エリカの空腹に負けて酒屋に入ったのだった。
「ねぇ、喉が渇いた」
祭壇を眺めていると、エリカの声が耳に届いた。振り向くと、エリカは黒い髪を撫でながら、口をすぼめている。
ーーん? と首を傾げていると、エリカはしきりに店主のいるカウンターを顎で指し、何かを訴えてくる。
ったく。自分で頼めって。
意味がなんなのか、わかってしまう自分も情けない。
無愛想なエリカに呆れながらも、店主を呼び、飲み物を頼んだ。
「主、ついでにアイスも頼みますぞ」
手を止め、顔を上げた店主に、エリカは注文をする。
また奇妙な口調に店主は戸惑ったけれど、すぐに笑い、手を上げて受け入れた。
「なんだよ、だったら最初から自分で頼めよ」
「呼ぶのが怖いの」
「ハイハイ。わかりました」
もう反応するのも疲れるため、大人しく受け入れ、また祭壇を眺めた。
「さっき、お婆ちゃんが手を合わせてた」
「そうなのか? じゃぁ、やっぱり神聖なものなのかな」
イスに凭れ、祭壇を眺めていたエリカが呟く。
「あれが気になるのかい?」
急に聞こえた声に、奇妙さに鼻頭を擦っていたエリカは驚き、首をすぼめた。
店主である。
注文をした品を持ってきてくれた。
エリカの前にバニラアイスが届けられる。丸くデコレーションされたアイスに、イチゴにバナナが添えられていた。
期待以上だったのか、エリカは頬を赤らめ、目を細めて、前のめりになった。
「やっぱり、何かの儀式に使うんですか?」
注文したコーヒーを一口飲んで聞いてみると、店主は立派な顎髭を擦った。
「儀式って、やけに物騒な言い方だな」
責めたつもりはないのだけど、重い声での反応に萎縮してしまい、手にしたコップに力が入ってしまう。
「外から見れば、そう見られても仕方がないか……。まぁ、形としてはそうかもな。でも、あれは祭りのためだよ」
「……祭り?」
腕を組み、祭壇を眺めた店主の眼差しは遠くを捉えていた。
「……テンペスト」
アイスを口に運んでいたエリカが呟くと、店主は目を閉じ、小さく頷いた。
「そう。あと十日後だよ。“送り祭り”と、この町では呼んでるけど、そこで祭りが開かれるんだ。あれはそのための祭壇だよ。テンペストを退けるためのね」
何、ひねくれた言い方を……。
すいません。
では、次回もよろしくお願いします。