第四章 3 ーー デネブの町 ーー
三十九話目。
嫌な物は壊す。
それだけじゃないの。
2
黒マントの意図はなんだったのか、理解はできていない。
もちろん、人を茶化したようなふざけた態度に従いたくはない。
しかし、ほかに頼る当てもないのは事実。
仕方がなかった。
否応にも黒マントが指摘したデネブの町に向かうことにした。
デネブ
すぐにでも宿を見つけ、気持ちを落ち着かせたいけれど、町に入ってエリカとともに表情は優れなかった。
町全体には活気が満ちている。それはカノブの町のようでもあり、それともまた違った穏やかさがあった。
それこそ、すぐ近くでテンペストが起きていたことに気づいていないような、不釣り合いな明るさがあった。
そして、素直に受け入れられない物体が目の前に存在していて、表情が晴れることはなかった。
町の中央に祭りの祭壇が建てられていたために。
どれだけ町の人の雰囲気がよかっとしても、テンペストの恐怖が背中に貼りついているような危うさがあった。
「どうするの? また、壊す?」
物騒な一言がエリカの口から放たれた。
瞬間、僕はクスッと笑ってしまう。
そこまで乱暴じゃないさ。
まぁ、心のどこかではその衝動を堪えているはずなのに。
「ーーだな。けどなんだろ。町の人らを見てるとさ、それもどうなのかなって、思ってしまうんだよね」
ふと振り返り、町の住民を見渡した。
花屋の軒先で花を選んでいる客や、野菜を売って声をかける店の者と、活気のある声が僕の心を迷わせていたのである。
「優柔不断」
そこに容赦ない一言が雷みたいに脳天を突き抜けた。
苦笑するしかなかった。
「もう少し、様子を見てからだな」
「そんなの面倒。今すぐ潰すべき」
「はぁ? 話、聞いていたか?」
戸惑う隙もなかった。
制止する間もなく、エリカはズカズカと祭壇に歩み寄ってしまう。
祭壇はカノブで見た物よりも一回り大きな物であった。
だからか、木に施された装飾も豪華で、簡単に壊せるほどではない。
それにエリカは近づくと、木の柱を叩いて音を聞いていた。
どう壊すか考えるように。
まったく。ちょっとは周りを見ろっての。
気づけば、近くの店先にいた店員や、通行人が足を止め、訝しげにこちらを見ていた。
完全に不審者を見る白い目で。
やがて視線が凶器に変わりそうだ。
ここは早く退散すべき、とエリカの腕を掴む。
「変に目立つなって。カノブのときみたいに追い出されーー」
「止めなさい、あなたたち」
駄々をこねるエリカを引き剥がそうとしたとき、叱責の声が降り注ぐ。
責められながらも、どこか温厚そうな声に反射的に頭を下げた。
ここは素直に従うべきである。
「ねぇ、祭りっていつやるの?」
またこいつは。
興味が先行したとき、いつもは分厚い人見知りの壁はなくなってしまう。
今だけは人見知りの壁を発動してくれっての。
不思議で仕方がない。
注意してきた人物とのすれ違い際、エリカが問いかけた。
引き止めるつもりで、注意してきた人物の顔を見た。
そこには、腰の曲がって杖で体を支えていた老婆がいた。
白髪でしわがより顔を縮めているように見えたけど、雰囲気からして上品で大人しそうに見え、先ほどの一括した人物には思えなかった。
それとも、温厚な老婆が憤慨するほど、やはり祭壇を破壊するのは逆鱗に触れることなのかもしれない。
だからこそ、こかは大人しく退散すべきだったけれど、エリカの一言でできなくなった。
「あなたたち、旅人? 祭りの観戦? それなら、いいタイミングで来たわね」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「祭りは明日よ」
明日、と聞いて胸が詰まってしまう。それならば、すでに人柱となる人物はすでに選出されているはず。
「じゃぁ、人柱もすでに……」
「人柱? なんだい、それ」
諦めが弱々しくこぼれたとき、老婆は首を傾げる。
「なんだい、って人柱です。祭りのとき、命を捧げる、その、生贄」
「祭りで生贄? あぁ、確かにそんなことをする町もあると聞いたことがあるねぇ。でも、この町じゃ、そんな物騒なことはしないさ」
耳を疑った。
「誰も死なないんですか?」
念を押すように、自然と声が大きくなってしまう。老婆は訝しげに眉をひそめながらも、「そうだよ」と頷いた。
「そもそも、命を捧げる、というのが間違っているんだよ」
「でも、そうしないとテンペストに襲われる」
エリカが弱々しく言うと、
「それは、感謝が足りないだけだよ」
「感謝?」
「そう。ほら、あそこに山が見えるだろ」
そこで老婆は不意に町の奥を指差した。
建物の奥に見えていたのは、緑に覆われた高い山であった。
「あの山はテネフ山。あそこには神様が宿っていると言われて、みんな神の休憩所と呼んでいるんだよ」
ありえないだろ、そんなこと……。




