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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 最終章  13  ーー  小さな花  ーー

 三百五十一話目。

            13



 小さな花が今にも枯れそうに苦しんでいた。

 それまで花を咲かすことを拒み、蕾をギュッと閉じていた花が、大きな衝撃を受け、咲くことを拒み、そのまま枯れようとする花。


「……もういい。私はいらない」


 彼女は波一つない水面に座り込むと、膝を抱え込み、膝に顔を埋めた。

 彼女の前でしゃがみ込むと、細い手を握る。


「そんなこと言わないで。あなたは大切な人なのよ」

「でも、もうキョウはいない。死んだって言ってたっ」


 顔を上げた彼女の目は真っ赤に充血させ、大粒の涙で頬を濡らしていた。


 セリンからキョウと呼ばれる人物が亡くなったと聞かされたとき、自分のなかで何かが弾けるような気がした。

 それは、彼女が目覚めた、と喜びたかったのだけど、セリンに事実を告げられ、すぐに意識を閉じてしまった。



「辛いよね。誰かを失うってのは。私も昔に大切な人をね」


 泣きじゃくる彼女に、優しく微笑むことしかなかった。


 すると、彼女は涙を拭い、私をじっと見据えた。


「辛かった?」

「……そうね。大切な人を失うのは辛いね。しかも、今、起きていることを考えると、余計にね」

「……何があったの?」


 そうか。彼女は生け贄のこと、私のことは知らないのよね。


「うん。いろいろとね」


 私は笑うことしかなかった。


「今、世界は悲しみに押し潰されそうなの。それは私の大切な人が犠牲になって守ろうとした世界なんだけどね。それでも限界が近づいているみたいなのよ」


 でも、ダメ。

 今は自分の気持ちを捨てないといけない。

 今は彼女が目覚めることを最優先にしなければいけない。


 そう。今は私のことじゃない。


「ねぇ、あなたは何がしたい?」

「ーー」


 彼女の眼差しがぶつかった。

 彼女のまっすぐな問い。

 どうも、心を見透かされている気持ちになってしまう。

 ダメ。

 今は彼女のことを考えないといけない。

 でも、彼女の目に吸い込まれそうになっていき、口が開いてしまう。


「そうね。できるなら、悲しみに墜ちていく世界を止めたいかな」


でも、それは私が昔に私が行ったことと同じかもしれない。

 自分がもう一度、犠牲になるべきかもしれない。


 でも、それは彼女も犠牲になること。


「あなたは?」

「……私は……」


 彼女の眉が下がる。やはり寂しさが滲み出ていた。


「……信じたくない」

「信じたくない?」


 また彼女はうつむいてしまう。


「キョウが死んだなんて信じたくない。きっとあいつはいる。いるって信じたい……」


 そう。そうよね。


 できるなら、彼女の願いを叶えたい。

 それにはどうしたらいいの……。


「……踊りたい」

「ーー踊る?」

「うん。踊りたい。私が踊ってキョウに教えたい。私はここに、ここにいるって


 踊る? どこで踊ればいいの?

 叶えさせてあげたい。


「……いいよ」


 彼女の願いが叶う形を模索していると、不意に彼女は強く言い切る。

 意図が掴めず、首を傾げると、


「多分、私の願いとあなたの願い。形は一緒だと思う」


 …………。


 そんなはずはない。私は犠牲になろうとしているのよ。


「そんなことは絶対にダメよ。ダメッ」


 そう。彼女を巻き込むことは許されず、否定する。

 それでも彼女はかぶりを振る。


「いいの。私はキョウに踊りを見せたいから。気づいてもらえるかもしれないから」

「でも、それは命を落としかねないのよ」


 安全なんてない。


 嬉しいけれど、念を押す。

 それでも、彼女の眼差しは揺るがない。


 ……本当に……。

 ……ごめんなさい……。


 ……ありがとう。

 ……キョウ。

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