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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 最終章  11  ーー  まさか  ーー

三百四十九話目。

   私らって、もう用済みってこと?

            11



「キョウッ、なんとかしてっ」


 あいつにはもう頼れない。

 わかっているのに、エリカに降り注ぐ矢を前に、絶望に耐えきれず、咄嗟に叫んでしまった。


 目の前で起きたことに唖然となっていたとき、自分にまとう感情がすべて消え去ってしまうほど、背中に悪寒が急に走った。


 背中に這う気持ち悪さ……。


「ーーテンペストッ」


 最悪。なんで、こんなときにっ。

 エリカはどうなったのっ。

 

 脳内で疑念がぶつかり合うなか、憎しみが勝ると、背中に近づく不穏な存在に意識は引っ張られ、振り返った。


「……テンペスト……」


 一気に喉の奥で言葉が詰まりそうになる。

 視界が捉えるのは遠くにそびえる黒い曇天。

 あたかも獰猛な魔物がこのベクルを覆い被ろうと、歩み寄っているみたいに。


 ……なんなの、これ。


 だが、その異質な佇まいに眉をひそめてしまう。

 どこかがおかしい。

 肌に触れる風が生暖かく、テンペストの危うさが近づいているのに。

 意識が惑わされてしまう。

 

「……どういうことよ、これ?」


 ほんの数秒前の光景と、視界が捉える光景とはまったく違った。

 エリカを狙って矢を放った黒い兵の集団はどこに行ったの?

 これまでうごめいていた、イシヅチの兵らが忽然と消えていた。


 ……逃げた?


 いえ、そんな余裕なんてなかったじゃない。


 ……消えた?


 そんな簡単に消えるはずがない。


 だったら…… もしかして……。


「……テンペストに呑まれた?」


 自然と浮かぶ可能性。

 微かな想像をすぐさま否定した。

 だったら、建物は?

 街の景色は何も変わっていない。テンペストに襲われたなら、“すべて”を奪うんじゃないの。

 それに、街の空はテンペストほども異質な空じゃない、薄い曇り空。


 ……人だけが消えてる……。


 ………。

 …………。

 ……まさか……。


「……まさか、ね」


 絶対にあり得ない憶測が脳裏を駆け巡ってしまい、息を呑んでしまう。


「……まさか、テンペストがベクルを助け…… た?」


 都合のいい憶測だと胸が詰まる。

 自分が追い込まれているからこそ、こんな憶測に縋ってしまうんだと。

 イシヅチの兵がいない街を愕然と眺めていると、両手をギュッと強く握った。

 

 ……そんなはずがない。


 テンペストが人を助けるなんて…… ないっ。

 助けてくれるなら、今の状況はなんなのよ。

 視線を落とし、街を眺めてしまう。


 助ける。


 そんなことはない。

 テンペストが起こって笑っている人なんていないじゃない。



 どこからともなく、誰かを呼ぶ声。

 泣き叫ぶ声がずっと木霊しているのよ。

 誰がこんなことを予想していたんだろう。


 テンペストが街を守った?


 絶対に違う。

 それだったら、こんな泣き声は聞こえないはずなんだから。

 きっとみんな信じていた。

 無事に祭りは終わり、テンペストに対する恐怖が弱まったと安心感に包まれていると考えていたんだろう。


 でも、実際は違う。


 祭りは無事に終えることはなく、悲鳴や涙が怒号のように飛び交っていた。

 大勢の人の命が散っていった。

 振り向くことも躊躇するほどに。


 そして、それらの悲鳴をすべてを受け入れるように、アネモネはじっと祭壇を眺めて座り込んでいた。

 小さな背中を震わすのを必死に堪えて。

 ……… ………。

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