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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 最終章  10  ーー  強い眼差し  ーー

 三百四十八話目。

   ワタリドリにしても、今は辛いときなの?

            10



「レイナ、変なことを考えるなよ」


 レイナが口を開く前に、つい制止してしまった。


「鋭いわね、ほんと」


 俺の指摘に唖然としたレイナは苦笑する。


「でもね、今もまたそのときかもしれない」

「……そのとき?」

「私ね、もう一度、生け贄になろうと思うの」

「ーーっ」


 強い口調で放つレイナに、頭を抱えてしまう。


 急に陥った既視感。


 それは以前、戦争を止めようと名乗り出たアイナ様の強い意思に固まっていた表情と酷似していたのだ。


「何、言ってんだよ、レイナッ」

「今、ベクルは昔と同じようなことが起きようとしている。それはいずれ、また大きな戦争になりかねないわ。そうなるとうねりはより強くなって、テンペストを酷くさせる。でも今、街は「祭り」をしようとしている。それで気持ちを鎮めることができるなら、もしそうならば、今後は鎮まるもしれないし、何かのきっかけになるかもしれないわ。もしかすれば、私がこうして存在しているのも、星が望んだことかもしれないしね」


 レイナはまるで反対されるのを見越し、説得するように穏やかに話した。


「だがレイナ。厳しい言い方になるが、お前は一度失敗している。昔に最初の生け贄になっても、世界は変わらなかった」


 そこでイカルが厳しい一言を添える。

 誰もが恐れていたことを、あえて口にした。


「うん。それもそうなんだけどね。もう一つは、彼女の願いも叶えてあげたいの」


 イカルの厳しい指摘に、レイナは頷き、胸に手を当てる。

 彼女? とイカルは怪訝に眉をひそめる。


「ーーエリカか?」


 俺が問うと、レイナは屈託なく笑う。


「彼女はね、彼のことを待っているの。セリン、あなたの話を聞いても、彼女は彼を待っている。それで自分がどこにいるのかを伝えたい、って訴えているのよ」

「だからって、そんなっ。そんなの放っておけばいい。そんなことでレイナが生け贄なんかにーー」


 認めたくはない。


 それは俺も同じだ。

 エリカという女の主張に、異を唱えるミサゴであったけれど、急に萎縮して声をひそめた。

 怪訝に思い、ふとレイナを見ると、俺もまた萎縮してしまう。

 レイナはミサゴを睨んでいた。そして俺の視線に気づいたのか、こちらにも向ける。

 今にも飛びかかりそうなほど、目尻を吊り上げた険しい表情で。

 強い意思を醸す眼差しには、怒りや憎しみではなく、寂しさに滲んでいた。

 今にも泣き出しそうな悲しみが……。


 レイナじゃない。


 息を呑んだとき、唐突に感じてしまう。

 目の前にいるのは、エリカだと。


「……レイナ?」


 ミサゴの弱々しい声に、「違う」と否定しようとすると、レイナは瞬きをした。

 次の瞬間、レイナに穏やかな明るさが戻っていた。


「ダメなの。こうでもしないと、本当に彼女は壊れてしまうわ。それはもっと辛いことだから」

「だからって……」


 圧倒されてしまったのか、ミサゴは反論を止めた。


「私はね、私の存在を忘れてほしいの。私の存在があるからこそ、みんなを苦しめてる気がして。これって、傲慢かな?」


 あくまで冗談っぽく話すレイナに、俺らは言葉を失う。


「そうだよ。そんなの傲慢だ」


 辛うじて、ミサゴが声を荒げるが覇気はない。


「ごめんね。でもお願い。私のことは忘れて」


 拒みたい思いが拳を強く握らせた。

 感情を押し殺そうと。


「イカル、ごめんね。久しぶりに会えたのに、無茶言って。ミサゴ、ごめん。また悲しい思いをさせちゃって」


 まったくだ。なんで、そこまで。


「ごめんね、セリン。またワガママ言っちゃって」


 そのとき、レイナにもう一人の姿が重なった。

 寂しそうに笑った本来のレイナの姿が。


 本音を言えば、引き留めたい。

 だが、それはレイナが望むことでは……。


 本当に…… まったく……。

 こんなの、私は認めたくない……。

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