最終章 7 ーー 限界 ーー
三百四十五話目。
最後に向けて、ワタリドリが重要ってこと?
7
ミサゴの悔しさに埋もれる姿を目の当たりにすると、否応にも脳裏に浮かぶ光景があった。
それはベクルにおいて、大きな騒動が起きる前に時間は遡る。
変な胸騒ぎにより、駆けつけたとき、憔悴したレイナに驚愕しかなかった。
「……何があったんだ?」
どこか悲鳴を上げているようなレイナは、ある忘街傷において、うずくまるように腰を下ろしていた。
彼女を見つけたときから、ずっと胸に手を当てていた。
どこか痛みを耐えているようにさえ見えた。
それでも上手く話してはくれない。
「もう限界が近いかもしれないわ」
座り込むレイナは、ようやく口を開くが、やはり息が上がっているようだ。
「本当に大丈夫なの、レイナ」
ミサゴも膝を着いて心配するが、レイナはかぶりを振る。
大丈夫とも、限界とも取れる反応が胸に詰まる。
そこでレイナは深呼吸すると、
「もう、彼女が限界なのかもしれないわね」
彼女? と首を傾げると、レイナは胸をトントンと軽く叩いた。
「……エリカか?」
目の前にいる彼女の姿は「エリカ」
だが、そこにはレイナがいる。髪を束ねた懐かしい姿を彷彿とさせるレイナが。
だからこそ、もう語ることのないと思っていた名前を口にした。
するとレイナは静かに頷いた。
「彼女にとって、彼の死は衝撃以上のことだったみたい。それまで心は蕾に閉ざされていたのに。それで今は自分を引き裂かそうとしてる。それを私は止めているようなものなの」
彼の死……。
ならば、やはりキョウとやらの死を告げたときは、彼女の意思だったというのか。
「なら、いいじゃないか。あの女が死ねば、レイナがちゃんとした意識になるんだから」
話を聞いたミサゴが口調を弾ませる。
だが、レイナは眉をひそめる。
「いえ。私はアネモネと違って、体を借りているだけ。彼女によって、私は左右されるのよ」
期待に目を張るミサゴであったけれど、すぐに肩をすぼめる。
「それで、なぜ急にアネモネの元を離れてどうしたんだ。大剣を持ち出してまで」
レイナは大剣を持ち出しており、座り込むそばに寝かせてあった。
「急がないとって思ったの」
「ーー急ぐ?」
「うん。最近、私は考えていたの。この時代になんで私たちの意思がこうして集まるようになってしまったのかって」
「それは偶然じゃないと。やっぱり」
「えぇ。私は思うの。もしかすれば、この偶然は、星がまた助けを求めているんじゃないかって」
「星が助けを求める……」
「でも、そんなことを言ったって、何をすればいいのさ」
レイナの不安に対し、どこか苛立ちをぶつけるみたいにミサゴは声を張る。
すると、そこでレイナは急に言い淀み、唇を噛んでしまう。
レイナの態度が気がかりになり、不穏なことが頭をよぎってしまい、鼻頭を擦ってしまう。
しばらく思案した後、手が止まる。
「まさかとは思うが、レイナ。変なことを考えていないだろうな」
奇妙な気配がして促すと、レイナは渇いた笑みをこぼす。
「歪み出した世界を元に戻そうとするなら、犠牲も必要なのかな、とは思ってる」
「ダメだよ。そんなことしたって、何も変わらない。変えられないんだから」
そこでまたミサゴは声を張って怒った。
「もしかすれば、テンペストは少し緩むかもしれない。けど、そんなのはただの時間稼ぎでしかないんだ。そうなれば……」
また俺たちの苦しみは続いてしまうだろうな。恐らく。
ミサゴが言い留まってしまった想像を胸のなかで考えてしまった。
きっと、ミサゴもそれを恐れているのだろう。
「だからね、私はあなたたちにお願いがあるの」
「ーー願い?」
「そう。だから、あなたたちには、私たち二人を忘れてほしいの」
…………。
「何を言っているんだ、レイナッ」
発狂したのはミサゴ。
俺もまだ理解が追いついておらず、呆然とするしかない。
「怒らないで、ミサゴ」
「でも、それってどういう意味なのさっ」
「私たちはね、決して自分たちを犠牲にしたことに後悔なんてしていないわ」
そこで屈託なく笑うレイナ。
表情には一片の恐れもなく、俺の方が動揺してしまう。
「いえ。むしろ私たちのことを忘れてほしいのよ」
「ーーっ」
「だって、そうでしょ。あなたたちが私たちのことを忘れてくれれば、星に縛られることはないから。そうすれば、あなたたちが苦しむことがなくなるはずだから」
「ふざけるなっ。そんなことはないっ。俺はそうじゃないって考えている。そんなこと伝えるために、アイナ様が幻として、地上に残っているはずがない」
そうだ。と自分にも言い聞かせ、強く言い切った。
それには多少レイナも驚いた様子であったけれど、これだけは譲れない。
「残念だが、あれはアイナ様じゃない」
すると、背中から低い声が届く。
ミサゴでもハクガンでもない声が。
レイナ……。
何を考えているの?




