最終章 6 ーー 頼りにしてほしい ーー
三百四十四話目。
最終章なのに、私らの出番は?
6
すすり泣く声は、乾いた風のなかではより際立っている。
ミサゴが人前で泣くことは珍しい。
普段、人を冷やかすことはあっても、弱味を曝け出すことはほとんどなかった。
こいつが辺りを気にせず泣いたのは、あの日以来か。
レイナを奪われ、助けを求めた日。
あれから長い年月が流れている。それだけの間、苦しさを紛らわせるため、人に冷たく接している部分もあったのだろう。
小さな背中に、背負うものを察すると、かける言葉が見つからず、ミサゴの後ろに立つことしかできない。
「……また二人を助けることができなかった……」
嗚咽を混じらせ、ミサゴは声を震わす。
「なんで? なんで、二人はこんなにも自分を犠牲にしなければいけなかったのっ」
苦しみは怒りに変わり、ミサゴは叫喚する。
「……そうだな」
弱く相槌を打つことしかできない。
「あのとき、僕がもっと強ければ、ちゃんとレイナを護衛できていれば、そうすれば、レイナを奪われることがなかったんだ。強かったら…… イカルに負担をかけなければ、こんなことになっていなかったはずなんだっ」
「それ以上、自分を責めるな」
「でも、あのとき、レイナとアイナ様が合流して、ちゃんと逃げていれば、アイナ様が戦争を止めるために……」
「それは“たられば”だ。気に病む必要はない」
自分を追い詰めるミサゴに、励ます言葉はどうしてもありふれた言葉でしかなかった。
強い口調で諭そうとしても、すぐに声が震えそうだ。
「でも、それがなかったら、レイナだって生け贄にだってならなかったはずなんだよっ。セリンだって知ってるでしょっ。あのとき、テンペストの脅威が増していたことを。人は「アイナ様の怨念」
だとか揶揄する奴らだっていたんだっ。それでレイナは死んだんだよ、姉の自分が死ねば、気持ちは鎮まるかもって、犠牲になってっ」
わかるっ、と不意に立ち上がり、振り返るミサゴ。
その目は充血し、頬も紅潮させていた。
「だって、レイナも死んでしまったんだ。本当は一番怒っているのはセリンなんだーー」
感情を爆発させ、発狂するミサゴに、思わず手を上げてミサゴの頬を叩いてしまった。
頬を叩かれたミサゴはしばらく嗚咽を止まらせると、すぐさま俺を睨んでくる。
「だって、そうだろっ。レイナはセリンのーー」
もう一度手を上げた。
「もういいんだ」
頬を叩いた破裂音は、一際大きく響き、ミサゴの嗚咽を止めた。
もしかすれば、こいつを叩いたのは初めてかもしれない。
手の痛みは、頬を叩いただけの痛みなんだろうか……。
「……もっと僕らを頼ってほしかった」
「そうだな」
「もう少し、我慢してほしかった」
「あぁ」
「どうせなら、すべての鍵を開け終えるまで、待ってほしかった。それでも星を救えなかったなら、僕らでまた考えたかった…… 頼りにしてほしかったのに」
鼻を啜りながら嘆くミサゴに、頷くしかない。
数日前、大剣を手に現れたレイナのことが頭をよぎり、ミサゴの訴えが強く染み入ってしまう。
本当にそうだ、と。
「あのとき、アイナ様を助けられなかった。僕にしてはレイナもそうだ。だから後悔が残り、テンペストに呑まれた僕らはこうして想いは留まっている」
「そうだな。だから、レイナは今回の祭りでもう一度自分が犠牲になって、人を鎮めようとしたんだろ?」
ここで強く言うべきじゃない、と優しく諭した。
それでもミサゴはかぶりを振る。
「でも、僕らはこうして残ってる。だから気持ちが晴れることはなかったんだ。だから、僕はずっとこの先も残るよ。絶対に……」
どうも恨み節に聞こえてしまう。
「テンペストは…… 星の嘆きはまだ鎮まらないかもしれない。けどなミサゴ。レイナは今日を最後にしたいと言っていた。だから、俺たちもこれが最後だと信じてみないか?」
「できないよ、そんなの…… そんなのでき……」
「……信じてみよう、な、ミサゴ」
信じてみたいんだ、俺は。
今回ばかりは。
犠牲になった者が多すぎるから……。
もう少し待とうよ、リナ。




