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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 最終章  4  ーー  忘却のテンペスト  ーー

 三百四十二話目。

   もっと、遠くを見据える。と、いうことなの?

           4



 驚愕するセリンをじっと見詰め直した。


「それは私の罪滅ぼしになれば、と覚悟の上です。これ以上二人に苦労をかけたくなかったから。まぁ、それはただの独りよがりかもしれませんが」

「すごいな、お前は。その覚悟、感服するよ」


 嘆願の声をもらすセリンであったけれど、すぐさま表情は険しくなる。


「すまなかった。当時、お前の話をちゃんと聞いておくべきだった。そうすれば、また違った道を進めていたかもしれん。お前にだけ苦労をかけるべきではなかった。本当にすまない」


 と頭を下げるセリンに戸惑ってしまう。


「いえ、お気遣いなく。私としても、確証はなかったのです。ですから、そんな危うい賭けにあなたやアイナ様を巻き込むわけにはいきませんでしたから」


 申し訳なさに手を細かく振ったが、セリンは頭を上げない。


「だが、そのせいで、お前を裏切り者と責めてしまった……」

「構いません。それはアイナ様をそばで見守っていたあなたの苦しさに比べれば、私の辛さは比べものになりませんから」


 できる限り明るく振る舞うと、もう一度、「すまない」と言い、セリンはようやく顔を上げた。

 ようやくホッとしたのも束の間、私はふと頬を強張らせた。


「ただ、私も迷いがあったのかもしれません」

「ーー迷い?」

「えぇ。あのとき、あなた方と袂を別ち、テンペストやワタリドリに対して記されていた書物などをすべて探し出し、処分しようと考えたのです。ほんの些細なものでも見逃さないと。“蒼”の部隊に入り込んだのも、大きな組織であれば、それだけ情報も入る可能性が高いと踏んだからです」

「それで、上手くいくのか?」


 揺るがない指摘に、うつむいてしまう。


「やはり、私一人の力では限界があったみたいです。私の手からこぼれた情報は確実に人の手に渡り、記憶にしっかりと刻まれていってしまいました」


 ふと、これまでの記憶が頭をよぎってしまう。


「“蒼”の資料室を初めて見たとき、愕然となりました。私の知らないところで情報が巡っていたのですから。詳細に記されていた書物や、テンペストに滅ぼされた街が記された地図なんかを何度目にしてきたか。本当に泣きそうになりましたよ。私のやっていることは無謀でしかなかったのか、と」


 惨めさを超えてしまうと、逆に笑ってしまった。


「もっと早くに言ってくれれば。そうすれば俺も手伝うことができたのに」

「ありがとう。でも、言っているでしょう。確証はなかったと。だから、ただの強がりだと笑ってください」


 自分を責めるセリンにかぶりを振り、ふと空を眺めてしまう。


 憎らしいほどの青空が視界一杯に広がる。


「それに、私としても忘れたくなかったんですよ。きっとあの姉妹のことを。書物などを消してしまえば、姉妹のことは忘れ去られてしまう。それを恐れていたんでますね。だからこそ、私の想いに反して、残してしまっていた」


 唇を噛むと、脳裏にイシヅチの憎らしい顔が浮かんだ。


「私はある人物の日記を残したんです」

「ーー日記?」

「えぇ。恐らく戦争の時代の人物が残した物です。それには、当時のことが記されていました。そこにはアイナ様の名前も…… それに気づき、この記述だけでも残しておけば、と考えてしまい、隠してしまったんです。資料室の本棚に」


 今となれば、安易な隠し場所だと罵りたくなる。

 もっと周到に隠すべきだったと。

 結果、その一冊がイシヅチに見つかってしまった。

 恐らく、他の日記もすでに見つかっていると考えておくべきだろう。

 まったく、未熟で詰めが甘かった。


「そして、その日記が先ほどの首謀者に渡ってしまった。そこからテンペストの特性に気づき、凶行に出てしまい、多大な犠牲者を出してしまったのです」


 またベクルを睨んだ。


 私の判断ミスがこの惨状を起こしてしまった。


「……忘れることか…… 難しいな、それは」

「はい。忘れることは意外にも難しい。嬉しいことは何より、苦しいことや、辛いことは意外にも難しいです。記憶だけでなく、胸の奥に深く傷として刻まれてしまう」


 胸に手を当てると、そのまま毟りたくなった。


 もしかすれば、心がそれを拒んでいるのでしょうか。


「……忘却のテンペスト…… 望みは遠いようですね」

 やっぱり辛いことよ、忘れることって。

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